第27話 英雄は諦めない



 食事を終えると、落ち着いて話せる場所へと移った。アシュフォードが選んだ喫茶店は、二階建てになっており、上の階は貸し切りができるという。王家派が経営する喫茶店のようで、アシュフォードがヴォルティス侯爵家の者だと証明すれば、店主は快く二階へ案内してくれた。


「以前の視察でここに来たんだ。その時、王家派の皆様のためにいつでも上を空けておくと言われてな」

「好意的な支持者だな」

「あぁ。ありがたい限りだ」


 二階の窓からは、先程通った漁港や海が見えた。


「いい景色だな」

「……気に入ったか?」

「あぁ」

「ならよかった」


 安堵をしながら微笑む姿は、本当にデートで相手の気持ちを気にしている人に見えた。思えば今日手を繋いで以降、アシュフォードはずっと優しい眼差しを私に向けていた。


(……私にどうしろと)


 求婚を受けるつもりはないが、アシュフォードも諦めないだろう。一生平行線で話が進む未来しか見えなかった。


「座ろう」

「あぁ」

(……離したかと思えばまた繋がれた)


 食堂を出る前に、流れるように手を取られてしまった。振り払うこともできない為、今日一日は仕方ないと諦めて今に至る。


「ラルダ。君はどうしてそんなに強いんだ?」

「どうして…………」

(前世三回分鍛えた知識があるからと答えるわけにもいかないよな。ここは適当ににごすか)


 言語化することはできるが、人に伝えられるような内容ではないことは自分が一番わかっていた。前世三回分も記憶が残っていることは、ルゼフやスティーブ、オデッサにさえ言っていない。


「人生経験が豊富だから、だな」

「人生経験が?」

「……裏社会は舐められたら終わりだ。必然的に、強くなるしかなかった」


 これは本当だ。暗殺の才能を見込まれて買われたのは事実だが、放り込まれた以上食らいつくしかなかった。ただ、これ以上自分の話をしても暗い雰囲気にしかならないのが良く分かっていた。


「……私の話は聞いたって面白くない」

「そんなことはないさ。ラルダは努力して強さを身につけたんだろう? その努力は称賛されるべきものだ」

「称賛って……大げさな」

「大げさじゃない。……俺は騎士団の団長として多くの騎士志願者を見てきたが、努力を続けられる人間はそう多くはいない。それも一種の才能なんだ」

「……それならアシュフォードだって同じだろう」

「ははっ、そうだな」


 驚いた。自分の強さを努力だなんて褒められたことはなかったから。だからだろうか、少し胸が温かくなるような、変な気がした。


(強い人に言われたからか……気分は悪くない)


 自分自身を真っ当に評価されたのは、思えば初めてかもしれない。今の感情が顔に出てしまう前に、急いで話題を変えた。


「アシュフォードは……戦場で敵国の軍隊を潰したと聞いた。本当か?」

「ラルダの耳にまで届いてたのか、嬉しいな。あぁ、本当だ。……仲間をこれ以上失いたくない、そう思ったら体が動いていた」

「……カッコいいな」

「そ、そうか?」

「あぁ。それで本当に仲間を救っているんだ。さすが、英雄と呼ばれるだけある」

「……ありがとう」


 仲間を失いたくない。そう思っても、実際守り抜くことは難しい。しかし、アシュフォードにはそれを実行できるだけの実力があった。これこそ、称賛に値する力だ。


「あぁ……駄目だな」

「どうした」

「ラルダと話せば話すほど、君が欲しくなる」


 殺気を放っていた瞳が嘘に思えるくらい、今向けられていたのは愛おしいと言わんばかりの眼差しだった。


「わからない。そんなに私がいいのか? 固執するほど? 英雄の回りなら数多くの女性がいるだろう」

「どれだけ多くいようと、英雄の肩書にすり寄る女は皆同じだ。侯爵夫人の座、英雄の妻になりたいという欲でしか近付いてこない。家のために……ヴォルティス侯爵家のための結婚ならいくらでもできるが、嫌なことを進んでやる気にはならない」


 どうやらアシュフォードは、女性をあまり好きではないような様子だった。英雄として、社交界で言い寄られた回数は数えきれないほどあるみたいだ。それを重ねていくうちに、期待も望みも消えてしまったのかもしれない。


「だからずっと掲げていたんだ。結婚するなら俺より強い女性だと」

「無理難題だな」

「だがラルダは当てはまった。最初は結婚を避けるための基準だったが、ラルダと出会うためのものだったみたいだな」


 嬉しそうな笑みで私の瞳を見続けるアシュフォード。想いはよくわかったが、現実的に受け入れられるものじゃなかった。


「馬鹿を言うな。私は引退したとはいえ暗殺者だ。貴族と結婚できるような立場じゃない」

「それなら問題ない。ラルダは王家派の救世主だ。結婚を反対する者などいない。いても黙らせる」


 一切悪気のない笑顔で黙らせると言われてしまうと、いかに本気なのかがわかってしまう。


「すまないが、気持ちには答えられない」

「それならもう一度求婚するまでだ」

「…………アシュフォード。諦めてくれないか」

「他のどんなことでも諦められるが、ラルダだけは無理だ。譲れない」

「……私にどうしろと」


 頭を抱えた瞬間、アシュフォードは私の手をぐっと強く握った。


「ラルダ。それなら勝負をしよう」

「勝負?」


 怪訝な目でアシュフォードを見れば、彼はにっと笑った。


「あぁ。俺が諦めるのが先か、ラルダが受け入れるのが先か」

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