第28話 不利な勝負


 我慢比べを提案されるとは思わなかった。


「……私が不利な気がするのは気のせいか?」

「それはラルダが俺になびいてくれていると受け取るぞ?」

「……撤回する。受けてたとう」

「よし」


 求婚され続けると考えると頭が痛くなるが、勝負事だと考えれば随分と気が楽になる。それに、この執着じみた追手のような英雄から逃げ切るのは不可能だとよくわかった。


「アシュフォード。私だって我慢強い。簡単に勝てると思うな」

「落とし甲斐があっていいな」


 ふわりと微笑むアシュフォードの瞳には、間違いなく恋情が宿っていた。


「……」

(やっぱりこれ、私が不利な気がしないか?)


 そう思い直すものの、一度受けた勝負を撤回するわけにもいかなかった。


「そういえば、呼び方はラルダでいいのか?」

「……あぁ。もうロザクの名は捨てたからな。ロザクは死んだ」


 ラルダという名前よりも長くを共にした“ロザク”。思い入れは当然あった。しかし、納得のいく終わり方なので、後悔はない。


「一つ聞いてもいいか? 答えたくなければそれでいい」

「何だ」

「ロザクは、一度も人を殺していないのか」

「…………」


 まさかアシュフォードにそんな質問をされるとは思わなかった。脅してイメージダウンでもできるかと思って、虚勢を張ろうとすれば、問いかけた彼の眼差しは確信したものだった。


「……あぁ」

「そうか……!」

(……そんな目で見られたら、嘘もつけないじゃないか)


 まるで、私を信じているような瞳。殺していないと確信しているような眼差し。柔らかな雰囲気は、私の毒気を消してしまった。


「幻滅しただろう? 殺さない暗殺者だなんて」

「まさか。それだけ王家派や人の命を救ったということだ。ラルダは素晴らしいな」

「……それは違う。そもそも、私が依頼を受けなければ暗殺は成立しないんだ。コルク子爵にしろ、恩を言われる道理はないさ」

「いや、あるだろう。ラルダが依頼を受けなければ、他の暗殺者によって殺されたかもしれないんだ。それを防ぎ、守ってくれたのは間違いなくラルダだ」


 力強く断言されてしまうと、これ以上どう反論すべきかわからなかった。そもそも、反論したいのかさえも。


「……私は、自分のために救ったに過ぎない。だから謝礼はいらないんだ」

「それの何が悪いんだ」

「え?」

「ラルダの都合だとしても、ラルダに助けられたのは事実だ。もっと誇ってくれ」

「……誇る。暗殺者が人助けをして、果たして誇っていいのか」

「良いに決まってる。……それに、君はもうロザクじゃないんだろう?」

「!」


 ずっとどこかで否定してきたものを、アシュフォードによって引き上げられてしまう気がした。だが、決してそれを望んでいるわけではなくて。複雑に絡み合った感情を落ち着かせる。


「……そうだな。今はもうラルダだ」

「あぁ」


 気持ちを整理すると、アシュフォードの考えをそっと頭の片隅にしまうのだった。


「ラルダ。もう一つ気になるんだが」

「……何だ?」

「貴族派に何の因縁があるんだ」

「…………」


 アシュフォードがその疑問を持つのは当然のことだ。何故なら私は、貴族派を良く思っていないから殺さない暗殺者をしていたのだから。


(……これは、答えられない。いや、答えたくない)


 反射的にそう思うものの、何かぼろを出してしまうのが怖くて口を開けなかった。すると、様子を察したアシュフォードが、優しい声で撤回した。


「すまない、配慮が欠けていた。忘れてくれ」

「……いや。気にするな」


 反応するものの、私の目線は下がったままだった。


「そろそろ移動しよう。まだ宿屋には帰ったらまずいか?」

「日が落ちるまでは」

「そうか。それならもう一度町を観光しよう。今度はラルダの行ったことのない場所にでも行こう」

「……悪くないな」

「よし。さぁ行こう」

(また手は繋ぐのか)


 最早突っ込んでも仕方のないことだが、何故か朝ほど気分は悪くなかった。


「ラルダ。何か見たい店はあるか?」

「……雑貨、とか」

(武器、と答えるわけにもいかないよな……)


 本音を言えば港町の武器商が気になったが、デートと称されている以上抵抗があった。適当に店の品を眺めるなら、雑貨店が良い気がした。


「いいな。見てみよう」

「あ、あぁ」


 行先を決めて移動し始めると、通りの奥に怪しい人影を見つける。


(あれは……貴族派?)


 港町は商人の町だ。だからこそ、高価そうな服装は目立つ。帽子を被って顔を隠しているが、放っている雰囲気が貴族特有のものだ。


「貴族派か」

「……みたいだ」


 アシュフォードも人影に気が付いており、貴族派という予想は同じようだった。


(まだ日は落ちていない。オデッサが上手くあしらったのなら納得するが、馬車から下りて何をしているんだ?)


 港町の視察をしている可能性もあるが、その場合は港町の案内人が同行するだろう。護衛のような付き人しかいないのが不自然だ。じっと見つめていれば、帽子の角度が変わり、顔が明らかになった。


(サルバドール……!!)


 どうして奴がここに。手紙に書かれていた名前は別人のものだった。込み上げる不安と動揺を鎮めたのは、アシュフォードの手だった。ぎゅっと強く握りしめられると、そのまま耳元に小声で尋ねてきた。


「オブタリア公爵……気になるか?」

「……あぁ」


 素直にそう答えれば、アシュフォードはにやりと悪い笑みを浮かべた。


「それなら尾行するか」

「……」


 思わぬ提案に驚きの目を向けてしまう。


(アシュフォードは王家派だ。貴族派の動向が気になるのは当然のことか)


 よく考えればアシュフォードの提案は妥当なものだった。それなら自分に任せてほしい。情報収集は得意なのだ。


「アシュフォード。それなら私に任せてくれ」

「……一人で行くってことか?」

「あぁ」

「駄目だ。一緒じゃないと」


 尾行をするなら一人の方が身軽でいい。そう言おうと思えば、見透かされたように返される。


「俺は隠密行動もできる。足は引っ張らないさ」

「だが」

「実際、尾行を成功させているだろう?」

「うっ……」

(それを言われると反論できない……)


 オデッサもかなりの手練れだ。それにもかかわらず尾行を成功させたのは、評価すべき実力があるからで間違いない。これを持ち出された以上、頷くしかなかった。


「わかった。一緒にあいつを尾行しよう」

「あぁ」


 私達は、貴族派――サルバドールの行動を調査し始めるのだった。


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