第26話 視察に来た貴族(オデッサ視点)
ブッチー子爵がサンゴにやって来た。突然の連絡な上に、予定外に他の人も連れてこられた。非常識極まりない男だ。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「いえいえ」
(この男……)
受け入れられた当たり前、という様子のブッチー子爵に怒りが込み上げてきたが、隣の高貴な男性は柔らかそうな雰囲気でお礼を告げた。
「突然の訪問を受け入れていただき、ありがとうございます」
「……とんでもございません」
(初老の男性……年齢はブッチー子爵よりも上よね。恐らく爵位も……一体誰なのかしら)
挨拶をして名を聞こうと思ったが「私はついでなので、お気になさらず」と笑顔で躱されてしまった。必要以上の詮索は相手を不快にしかねないので、黙って案内を続けた。食事の席に着くと、しばらくの間は港町に関する話をしていた。それが終わると、ブッチー子爵が突然話題を転換させた。
「ところで……この宿屋の最上階は空いているんですか?」
「……えぇ。最近は誰も使っておりません」
「おかしいですねぇ。先程従業員に確認した所、つい先日利用者が現れたという話を聞きまして」
「確認間違いではないでしょうか?」
「いやいや。確かに聞きましたよ? なんでも、黒髪の女性が滞在していると」
何かと思えば、彼らは最上階に興味があるようだった。もっと言えば、探しているのはロジーに間違いない。
(もしかして、最近黒髪の女性を嗅ぎまわっていたのはブッチー子爵だったの?)
不快感に襲われながらも、毅然とした態度で対処していく。
「それこそ見間違いです。もう一度申し上げますが、サンゴの最上階は利用者がおりませんので」
「それはまた気になりますね、理由があるのでしょうか」
今度はブッチー子爵ではない方の男性が挟んできた。
「ここは町人の町ですので。宿泊するには少し値段が張るんです」
「値段は変えないのですか?」
「はい。たまに来客される高貴な方専用の部屋です。お二方のような」
にこりと作り笑顔で対処していく。これで終わるだろうと思えば、予想外にも男性は話を続けた。
「なるほど。是非とも一度、部屋を見せていただけますか?」
「……部屋を、ですか」
「はい。何か不都合が?」
「……いえ。ご案内致します」
何か異常な圧をかけられている、薄気味悪い感覚があった。それと同時に。拒否してはいけないという直感が働いた。私は笑顔を作ったまま、最上階の部屋へと案内した。
「どうぞ。こちら当店自慢の部屋です」
ガチャリと扉が開くと、そこには誰かがいたという痕跡が一切ない、綺麗に整った部屋が現れた。
「ば、馬鹿な……!」
「……ほう、これは素晴らしいですね」
慌てる子爵に対し、余裕を見せる男性。どこまで本心かわからないが、目的は子爵と同じ可能性が高い。警戒を解いてはいけないと強く思いながら、接待を続けた。
「是非とも一度、泊まりに来たいものです」
「いつでもお待ちしております」
一通り部屋の案内が終わると、視察は終了という流れになった。名乗らなかった男性は最初から最後まで紳士的だったが、裏があるのは間違いないだろう。ブッチー子爵は、最上階の部屋に何もないことがわかってから、終始顔色が悪そうだった。
貴族派を見送ると、従業員を管理するルネを呼び出した。
「ルネ。貴女の言う通りだったわ。情報が漏れていた。犯人に心当たりは」
実は、貴族派を迎える前日夜、ルネから怪しい動きをしている従業員がいるとの報告を受けていたのだ。その報告から、内密にロジーの部屋を移させていた。
「目星はついているのですが……」
「……逃走したのね」
「はい。潜入者の正体はアニーとマリーの姉妹です」
「あの二人が……」
アニーとマリーは三か月前新規の募集で雇った姉妹だった。物覚えが早く、仕事も無駄なくこなすあたり、とてもいい人材だった。……まさか貴族派の刺客だったとは微塵も思わなかった。
(ロジーに申し訳ないわ。ひとまずは誤魔化せたけど、あいつらにロザクが生きている可能性を追う余地を与えてしまった……)
失態に苛立ちを隠せなくなる。
「二人を連れてきて。情報漏洩は解雇対象だけど、それ以前に落とし前をつけてもらうわ」
「承知致しました」
ルネにそう指示を出すと、私も自分の仕事に取り掛かるのだった。
◆◆◆
〈ブッチー子爵視点〉
何故だ。どうしてこうなった。宿屋への潜入は上手くいっていたはずなのに。黒髪の女がいる。この情報は、信じがたいものだったが、本当であれば大きな手柄を手にすることができる。だから報告をしたというのに。
「ブッチー子爵」
「は、はい……」
「残念な情報だったね」
「も、申し訳ございません、オブタリア公爵様…………‼」
馬車の中で、これでもないかと言うほど頭を下げる。何をどう足掻いても、私は失敗してしまったのだ。視察と偽ってまで宿屋に押し掛けたのに、得られた情報は何もなかった。公爵様のお怒りを買ったのは間違いない。
「…………」
公爵様は微笑んでいるが、何を考えているかはわからない。
「……情報を渡した者に会いたいね」
「か、必ずやお連れ致します‼」
「期限は日が落ちる前だ。そうすれば、君に対しては不問にしよう」
「……は、はい」
有無を言わせぬ圧に、私は受け入れるしかなかった。
「よろしい。それなら私は時間が来るまで、港町を視察でもしていよう」
「お、お気を付けください……」
声を絞り出しながら公爵様を見送ると、私は急いで部下に姉妹を探させるのだった。
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