第25話 絡められた手
致し方ない状況とはいえ、相手の思い通りになっていることが少し悔しかった。貴族派が近くにいるというのに、まるで警戒心のないアシュフォードにため息をつきたくなるが、それを我慢して自分のバックからもう一つのかつらを取り出した。
「アシュフォードの髪は目立つ。これをつけろ」
「かつらか?」
「そうだ。早くつけろ」
「初めてつけるんだが……」
かつらを手にすると戸惑うアシュフォード。被るものと理解はしているようだが、ただ被っただけで終わりにしてしまった。
「こうか?」
「……本当に被ったことがないんだな」
「あぁ」
「……少ししゃがんでくれ」
仕方なくかつらをつけるのを手伝うことにした。はみ出した髪をしまうため、背伸びをしながら真剣に触れていく。
「反対を向いてくれ」
「もちろんだ」
一通り髪を入れ終わると、一周させて不備がないか確認する。
「うん、大丈夫だ」
「ありがとう、ラルダ」
感謝を言うと同時に、何故か再び手を絡められてしまった。
「……手を離せ。今日は逃げるつもりはない」
「何を言うんだ。デートは手を繋ぐものだろう?」
(何を言っているんだこいつは)
「ほら行こう」
開始早々頭を抱えたくなったが、一日――いや半日の我慢だと言い聞かせて渋々ついて行った。
「ラルダは港町に何度か来たことがあるのか?」
「……あぁ。アシュフォードはないのか」
「一度だけだな。王家派の視察として同行して以来だ」
「そうか」
王家派の視察かつ同行と言えば、恐らく王子殿下の護衛だろう。確かオデッサが以前、王子殿下と対面したと言っていた。
「だから観光したことはないんだ。良ければ案内してくれ」
「案内……できるほど詳しい訳じゃないが」
「俺よりは詳しいだろう」
「……そうだな」
こうして、アシュフォードにアズーロを案内することになった。といっても、三つの通りを説明したり、港そのものを案内したりと、誰でもできるような案内だった。それでもアシュフォードは終始ご機嫌で、楽しそうにアズーロを見て回っていた。宣言通り、デートだからか手はずっと繋がれたままだった。
「……昼食にしよう」
「そうだな。何か食べたいものはあるか?」
「何でも構わない。だが、アズーロに来たのなら海鮮物を勧める。ここには漁港もあるからな」
「素晴らしい案だな。早速食べに行こう」
「こっちだ」
いつの間にか繋がれた手を気にすることなく、引っ張るまでになっていた。
漁港近くの食堂に着くと、そのまま中に入って食べることにした。席はテーブル席で、向かいうように食べるため手を解こうとすれば、びくともしなかった。
「食事の時くらい離してくれないか」
「あぁ。すまない」
ぱっと手が離れるとそのまま座る。
(……リセイユ村以来だな)
まさかもう一度英雄と向き合って座ることになるとは思わなかった。できることなら避けたかった場面だから。今回ばかりは仕方がない。不可抗力でもある状況だが、せっかくなので追っていた理由を聞くことにした。
「……話があると言っていたな」
「聞いてくれるのか?」
「要件はなんだ」
あくまでも警戒はしながら問いかける。
「要件……一番の要件は求婚の答えだが」
「なら答える。断る」
「それは困る。俺はもうラルダを妻にすると決めているんだ」
「身勝手な……現実を受け入れろ。私はただの平民だ。貴方に釣り合う身分じゃない」
至極真っ当な反論をすれば、ふっと笑われてしまう。
「関係ないさ。俺は自分より強い女じゃなきゃ結婚しない」
「それを身勝手と言うんだ。大体、私はアシュフォードより強くない」
「俺より弱い女なら、四回も俺を撒かないさ」
「…………」
そう言われてしまうと、答えに詰まってしまう。四回撒いたのは事実だからだ。一回目はリセイユ村で、二回目はモース村で、三回目は港町に来てすぐに、四回目はさっき屋台通りでアシュフォードを撒いた。
(思えば四回も追って来てるのか……異常なんじゃないか?)
怪訝な顔を浮かべる私に対して、アシュフォードはさらに朗らかに笑った。
「いや、違うな。死体を含めれば五回だ」
「あれは含まれないだろう」
「逃げたと数えれば含まれるさ」
「……運が良かっただけだ」
「一回だけならそれが通用するな」
反論を簡単に潰されたところで、食事が運ばれてきた。食事を終えると、話の続きを再開した。
「……何故、死体が偽物だとわかった」
「出血量に見合った傷ではなかったこと、髪色が違ったこと。他にも理由はあるが、特に明確に感じたのはこの二点だな」
(出血量か……)
確かにルゼフの用意した血のりは大量に放出された。しかし、死体につけた傷は私が受けたものを再現する形だった。
「気を落とすなラルダ。普通なら騙せたさ。実際、うちの騎士団も俺以外は死体だと認めていた」
「ならどうして」
「俺のように強い奴なら、そう簡単に死なないと思ったからな」
何度も言われればわかる。その評価がお世辞ではないことが。ただ、どうしても自分がアシュフォードよりも強いとは思えなかった。
「それに」
「?」
「死体の髪色は少し薄かった」
「髪……」
「今は見えないけどな。君の髪は、魅入るほど綺麗だったから」
「…………」
嬉しそうな眼差しを向けられて、どうしていいかわからなくなる。ただ、初めて向けられる熱のこもった視線に戸惑いが生まれていたのは確かだった。
(落ち着け。動揺するような場面じゃない)
アシュフォードに動揺が伝わらないように、表情は決して崩さないようにするのだった。
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