第24話 駆け引きの勝者
オデッサと服を交換すると、私は極限まで気配を消して食材と共にサンゴへと帰るのだった。
(抱き締めて気配を移す作戦……上手くいっただろうか)
料理長に食材を渡した後はオデッサの帰りを待っていたのだが、正直心配でならなかった。裏口の前に座り込んで扉をじっと見つめていた。
「ただいまロジー」
「オデッサ!」
そんな心配とは裏腹に、いつも通りの様子でオデッサは帰ってきたのだった。
「上手くいったみたいよ。時間稼ぎだとわかると、急いで探しに戻ったから。……もしかしたら、今頃港町を後にしているかもしれないわね?」
「さすがだよ、オデッサ。本当にありがとう」
「礼には及ばないわよ」
ふふっと笑うオデッサに怪我がないか尋ねれば、問題ないと返ってきた。
「それにしてもいい男だったけど」
「……興味がない」
「それは恋愛に? それとも彼に?」
「両方」
「……そう。なら仕方ないわね」
まだ言いたいことがありそうなオデッサだったが、私の返答を受けて呑み込んだようだった。
取り敢えず一段落すると、オデッサと一緒に急いで朝食取った。
「さっ。ぐずぐずしちゃいられないわ。ロジー。貴族派が来るまで時間がないけど、ここにいるわけにはいかないでしょう?」
「そうだな……万が一を考えれば、遭遇するのは避けたい」
ブッチー子爵という名前に覚えはないものの、向こうがロザクを知らないとは限らない。警戒しておくに越したことはない。
「貴族派が帰るまで外出してるよ」
「わかったわ。さっきの人を追い払ったとはいえ、かつらは被ったままの方が良いと思うの」
「そうするよ。ありがとう、オデッサ」
遅めの朝食を終えて、少し休憩してから外出準備を始めることにした。
アシュフォードからの追跡を振り切ったとはいえ、黒髪を探す謎の影を特定できていない限り安心はできない。
用心するためにも、かつらは取らないことにした。服装は制服を脱いで、シャツにパンツという動きやすい服装に着替えた。
(もしも……まだ町を出ていなくて遭遇した場合、今度は髪の毛を変えて乗りきるか)
そう判断すると、短めの茶髪のかつらをバッグに入れた。他にも護身用に暗器を備えて準備をし終えると、オデッサに一言かける。時刻は昼近くなっており、貴族派が到着してもおかしくない時間だった。
貴族派に会わないためにも、裏口から外出することにした。
ガチャリ。
「待ってたぞ、ラルダ」
「!!」
裏口を開けた目の前に、アシュフォードの姿があった。
「尾行は得意なんだ」
「……撒いたはずだ」
「あぁ。完全に見失ったさ。でも尾行できる相手はいた」
(オデッサか……)
オデッサは何も悪くない。アシュフォードが私の居場所を運良く当ててしまっただけだ。
「……どうして町をでなかった」
「あの女性が言ったんだ。自分の言葉は信用できるものじゃないと。……それなら、ラルダが町を出た話も嘘かもしれないだろう」
「くっ……」
「まだ町にいるとしたら、必ず彼女が導いてくれると思ってな」
「……」
(……今回の駆け引きは私の負けみたいだな)
思わずため息をついてしまう。
「今日こそ話をしよう、ラルダ」
「話、ね……」
どうしようもない現実に、頭が痛くなり始めた。
裏口ではなく正門から出ることはできるが、そうすれば少なからずオデッサ含め宿屋の人間に迷惑をかけるだろう。
(それに貴族派と出くわすかもしれない)
そう判断すれば、自分も裏口から出て扉を閉めるのだった。ひとまず諦めて降参しようかと思った瞬間、裏口の先から馬車が通るのが見えた。
(あれは、貴族派か!)
そう判断すると、反射的にアシュフォードの腕を掴んで反対方向に走り出した。
「ラ、ラルダ!?」
「黙って着いて来い!」
私自身も貴族派に見つかれば面倒だが、この英雄も一人でいる所を見つかれば面倒だ。それがわかっているからこそ、急いで宿屋から離れるのだった。
アシュフォードがこんな所でやられるような人間ではないことは分かっているが、面倒事を起こされると困る。その一心で手を引いて宿屋を距離を取ると警告をした。
「いいか。今日あの宿屋には貴族派が訪れてる。アシュフォードが見つかれば面倒だ。それに、あの宿屋に迷惑をかけるわけにはいかない。だから宿屋には近付くな」
アシュフォードの存在が露呈した時、私の存在までバレてしまう可能性がある。だからこそ、アシュフォードと貴族派を接触させるわけにはいかなかった。
念を押すように告げれば、突然手を絡ませられる。
「!?」
「それならラルダが一日相手をしてくれ」
「何を言って――」
「ラルダ。俺とデートをしよう」
「…………」
唖然としてしまった。まさかそんな提案をされるとは思わなかったからだ。しばらくの間沈黙が流れる。
固まるようにアシュフォードを見ながら、何が最善か必死に考えていた。
(……変なことを起こされるより、隣で監視しておく方がマシか?)
今から逃げるのだって無理難題だろう。受け入れがたい申し出ではあったが、それでアシュフォードが宿屋に近付かないのなら安心はできる。
「……わかった」
「交渉成立だな」
嬉しそうに笑うアシュフォードに対して、私は複雑な表情になるのだった。
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