第21話 港町を仕切る者




 バンッ! と勢いよく裏口から入れば、そこにはオデッサがいた。


「やだロジー、どうかしたの?」

「……いや、何でもない」


 呼吸を整えながら答えれば、オデッサは私の服に食いついてきた。


「ていうかロジー! どういう心境の変化? 今までそんな服着た事なかったじゃない!」

「これには事情が――」

「それなら早く言ってよ! 私そういう服、たくさん持ってるんだから」

「え? いや、待てオデッサ。ちょっ……」


 駄目だ。思い切り走ったからか、上手く息ができない。呼吸を整える間にも、私はオデッサに連行されるのだった。


「なんだ、ここは」

「私の衣装部屋よ。そんなに多くないんだけど、ここにあるやつはまだ一回も袖を通してないから。気に入ったら持っていってちょうだい」

「オデッサ。別にこれは好きで着ているんじゃないんだ」

「え?」


 首を傾げるオデッサに、私は先程までの出来事と合わせて自分の事情を説明した。さすがに英雄に追われているとは言えず、相手の素性は伏せた。


「何、そのロマンティックな逃亡劇は」

「なんだロマンティックって。相手は強敵なんだぞ?」

「みたいね。気配だけでわかるだなんて、よっぽどロジーが好きなんじゃない?」

「嬉しくないな……」

(そういえば実力に惚れ込んでいるとか言っていたな。……何されるかわかったもんじゃない)


 オデッサは目を輝かせていたが、当事者の私としては笑えない状況だった。どんなに逃げても追いかけてくる厄介な男ならまだいい。問題はその相手が、英雄だということだ。


「そうだわロジー。外出するなら、今日みたいにかつらを被った方が良いわ」

「かつらを?」

「何だかね、最近黒髪の女性を探す連中がいるのよ。目的を聞いても“会いたいから”って単純な理由しか言わなくて。……最近はアズーロも物騒だから気を付けて。まぁロジーなら問題ないと思うけど」

「用心する。物騒ならオデッサの方が気を付けろ。あと、用心棒が必要なら私がするからいつでも言ってくれ」

「やだ、ロジー。大好き」


 こんな可愛らしく話すオデッサだが、港町を仕切るだけあって、しっかりと武術の心得がある。それでも友人として心配するのは当然のことだった。


「ねぇロジー。早速で申し訳ないんだけど、明日出掛けない?」

「何か用があるのか」

「そうなのよ。実は明日の夕方、お偉い様が来るのよ。貴族派が私と話がしたいって」

「貴族派が?」


 話を聞くと、私が外出している間に手紙が届いたのだという。内容は、明日が視察のために来訪するということだった。


「人の予定も聞かないで、勝手に明日って決めるもんだから手紙を破り捨ててやろうかと思ったわ」


 不機嫌になるオデッサは、貴族派の横暴な態度にいらだちを隠せないようだった。


「……貴族派の名前はわかるか?」

「えぇ。ブッチー子爵ですって。聞いたことある?」

「……いや、ない」


 見知った相手ではないことに、ひとまず安堵する。


「相手が貴族派であろうと、お客様に変わりはないのよ。だから食事の用意をしないといけなくて」

「食材の買い出し、というわけか」

「そうなの。料理長はお客様をもてなす通常業務があるし、明日行く場所は私が適任なのよ」

「そうなのか」


 人手が通常業務に割かれている以上、オデッサが動くしか無いのだという。


「明日、朝が早いけれど大丈夫?」

「早起きなら慣れてる。問題ない」

「良かった。じゃあ明日、裏口集合ね」

「わかった」


 オデッサとの約束に頷くと、用意してもらった部屋に戻った。食事が準備されていたのでありがたく食べ終えると、今日はもう就寝することにした。


(アシュフォード。頼むからもう見つけないでくれ……)


 そう願いながら、眠りにつくのだった。



 

 翌朝目が覚めると、急いで身支度を整えた。


(オデッサの為とは言え、外出するなら細心の注意を払わないといけないな……)


 悩みながら服装を考えていると、オデッサが部屋に服を持ってやって来た。


「変装なら任せてちょうだい。それに、誰かといれば見つけにくいんじゃない?」

「……一理あるな」


 オデッサが用意したのは、宿屋サンゴの制服だった。その上にかつらも被る。かつらは茶髪でみつあみのお下げかつ、前髪は目にかかるほど長い。


 鏡で見てみれば、とても地味な娘ができ上がっていた。


「まさかロジーを追っている相手も、制服着て働いてるなんて思わないでしょ」

「……だといいんだが」

「朝も早いし大丈夫よ。それに、今から行く場所にはいないと思うわ」

「どこに向かうんだ?」

「行けばわかるわ。さ、急ぎましょ!」


 行き先を教えてもらうことなく目的地に出発した。到着したのは漁港だった。正確には、そこに隣接された競りの会場だ。


 カランカランとハンドベルの音が響く。早速競りが始まっていた。


「参加しないのか?」

「貴族が食べる物よ。面倒だけど高くていいやつを見つけないと」

「なるほど」


 そう言うと、オデッサはすたすたと会場の奥へと進んでいった。


「良い蟹ね」

「オデッサ様じゃねぇか、珍しい」

「色々あって高級品が必要なの。この蟹、いくら?」

「蟹の競りならまだこの後ーー」

「あら。私よりお金を出す者が来るとでも思ってるわけ?」

「……いや、来ねぇな」


 にっこりと笑うオデッサだが、目は一切笑っていなかった。


「銀8枚だ」

(銀8枚……なかなか良い値だ)


 ハルラシオンでは、通貨は金銀銅という硬貨と金塊が存在している。金塊は貴族しか使わない。金自体も、平民か持つのは珍しいことだ。


「やだ、冗談でしょ? 銀3枚よ」

「……本気か?」

「本気よ」


 きっぱりと言い切るオデッサ。譲る気は無さそうだ。


「銀七枚だ」

「銀四枚ね」

「……銀六枚と銅五十枚だ! これ以上は譲れねぇ」

「五枚よ」


 有無を言わせぬような圧で、漁師に微笑むオデッサ。相変わらず目は笑っていない。


「…………くっ。わかった、銀五枚だ」

「ありがたくいただくわ」


 勝利したのはオデッサだった。


(なるほど。これは確かに適任だな)


 値切りの上手さに、思わず感嘆するのだった。

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