第20話 変えられないもの



 ロザクらしくない服装と言えば、やはり女性らしい服装だろう。


(……女性らしくて動きやすい服装がいいな)


 ワンピースが目に入ると、少し考え込む。


(機能性を重視するか、らしくなさを取るか……)


 悩んだ結果、町娘が着ていそうなワンピースを選択することにした。自分には合わないものの、オデッサからもらったかつらには似合いそうだ。


「一点ですね。早速着替えますか?」

「はい」

「かしこまりました」


 着替えて会計を済まそうとすると、外に騎士のような服装の男が二名いることに気が付いた。


(まさか、ヴォルティス騎士団か……?)


 警戒しながら見続けると、店員の女性が何かに気が付いたような声を出した。


「あ。あの騎士みたいな人、またいるんですか」

「知っているんですか?」

「はい。昨日、このお店にも来たんです。何でも人探しをしているらしくて」

「人探し?」

「黒い髪の女性を探しているようですよ。お客様は違うから問題ないと思いますけど、何の目的で探しているかは教えてくれなかったんですよね」

「……そうなんですね」


 黒い髪の女性は、まさに自分が該当する。見た限り、店を通り過ぎたのはアシュフォードではなかった。


(ここで合流したとすれば厄介だな……)


 彼らには近付かないようにしようと警戒を強めながら、服飾店を出るのだった。


(こんな格好いつぶりだ? 下手したら前世ぶりだろう。いや、前々世ぶりか? ……何にせよ、ハルラシオンでは初めてだな)


 慣れない服装のまま、もう少しだけアズーロを見て回ることにした。アズーロは港町であるだけに、王都と変わらないほど店が並んでいた。服飾店はもちろん、食堂、雑貨屋が並んでいる通りがあれば、屋台がずらりと並ぶ通りもある。そして、オデッサが経営する宿付近では、他にも宿屋が並んでいる。


(いつも来る時は誰かを送り出す時で、あまりじっくり観光したことはなかったな)


 ぼうっとしながら屋台通りを歩いていれば、突如腕を掴まれた。


「ラルダ」

「‼」

(もうここまで来たのか!?)


 抵抗する隙も与えられず、そのまま引き寄せられる。そこは通りから外れた細道だった。目の前に現れたアシュフォードは、逃げられないように腰に手を回してきた。


(どうしてバレたんだ。こんな服装までしているのに――)


 焦り始めた瞬間、はっと我に返った。


(そうだ。今はワンピースを着ているんだ。しらを切れるかもしれない)


 即座にそう判断すると、いつもより少し高い声を発した。


「ひ、人違いです」

「…………」


 怯えるような様子で伝えれば、アシュフォードは目を見開いて固まった。


(これはいけるか?)


 もう一度一押ししようかと悩んだ瞬間、アシュフォードは笑みを深めた。


「そういう声もできるのか。可愛いな」

(少しは疑ってくれ……‼)


 まるで目の前にいる私がもうラルダだと決めつけているような言い方に、希望を感じられなくなってしまった。


「ワンピースもよく似合っている。ラルダは何を着ても似合うな」

(何を言っているんだこの男は)


 どこか嬉しそうな笑みを浮かべるアシュフォードだが、優勢だからと言って油断し過ぎじゃないだろうか。


「ラルダ。髪を変えても、服装を変えても君がまとう気配は変えられない」

(どういう意味だ……?)


 混乱しかけるが、アシュフォードの隙をどうにかつけないかと画策する。しかしそれさえも見透かされてしまい、さらに引き寄せられた。


「ラルダ、諦めろ。俺は一度覚えた気配なら必ず見つけ出せる」

「――っ」


 はいそうですかと諦められるはずがない。このまま捕まれば、どうなるかわからないのだから。


「少し話をしよう。危害を加えるつもりは一切ない」

「……なら離せ」

「離せば逃げるだろう?」


 あくまでも望むのは対話のようだが、何を考えているかはわからなかった。


(ここで捕まるわけにはいかない。まだやらなきゃいけないことがあるんだ)


 アシュフォードは手を緩める気が一切なかったが、私も譲るつもりはまるでなかった。

 じっと見つめ合いながら、お互いの考えを探る。


「対話する気はない」

「俺には必要なんだ。それに、まだ答えももらってない」

「答えって……」

「忘れたか? それならもう一度申し込むだけだな」


 自分が優勢だからか、楽しそうにそう告げるアシュフォード。


(……あまりこういう手は使いたくないんだが)


 機会を見計らって人が通りに見えた瞬間、私は動いた。


「きゃーーーーっつ!!」

「は?」


 女性らしい悲鳴を上げると、一気に人の注目を集めた。そして、アシュフォードの手が動揺で緩む。その瞬間、急いで腕をはがして弾き飛ばすと、そのまま急いで人込みの中へと紛れていった。


 後ろを振り返ることなく、気配を最大限消して宿へと戻る。


(気配で追われるなら、気配を消せばいい)


 幸い、気配を消すのは得意だ。慣れないワンピースでありながらも、どうにかアシュフォードの視界から外れると、気配を消しながら別の細道に入る。そしてそのまま、通りを駆け抜けていくアシュフォードを見送った。


(……あのまま町から離れてくれればいいんだが)


 アシュフォードが離れていくのを少し待つと、そのまま来た道を戻って宿へと足早に向かうのだった。

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