第22話 変装の行方


 その後もオデッサは必要な魚介類を値切りに値切って漁師たちを泣かせていた。


「ロジー、何か食べたいものがあったら教えて。値切るから」

「……本当に逞しくなったな」

「あら嬉しい。それなら私に半分持たせてよ」

「いや、これは私の仕事だろう」


 オデッサの購入した食材は、もれなく私が持っていた。かなりの量だったが、日ごろから鍛えている身としては全く負担ではない。


「そんなつもりで誘ったんじゃないのよ?」

「面白いものを見られたからな。礼だとでも思ってくれ」

「もう……わかったわ」


 競りはもちろんのこと、オデッサの滅多に見ない交渉術を見て勉強になった部分もある。いいものを見られたのは事実だった。


 購入を終えると、私達は漁港を出発して宿屋に帰り始めた。


「そうだ、オデッサ。今はラルダを名乗っているんだ」

「ラルダ……懐かしい名前ね」

「あぁ。もちろん好きに呼んでもらって構わないんだが、念のため伝えておこうと思って」

「わかったわ。……でもしばらくはロジーがいいわ。私、凄く気に入っているのよ」

「私もだ」


 ロジーという呼び名はロザクから派生したものだった。オデッサが考えた愛称で、いつの間にか親しみが湧いた呼び名だった。


「……ねえロジー。私にできることなら何でも言ってね」

「どうしたんだ急に」

「……私、これでもロジーのこと誰よりも理解しているつもりよ」


 真剣な眼差しでそう呟くオデッサ。


「引退したのに、ロジーから暗い空気が全く消えてないもの」

「……」

「私はいつでも貴女の味方よ。復讐のために、好きなだけ利用してちょうだい」

「……利用なんてしない」

「ロジー」

「だけど。……助けてくれるならありがたいよ」


 オデッサが私のことを気にかけてくれているのはわかる。お互いが数少ない旧友だから。けれども、貴族派の……サルバドールへの復讐にオデッサを巻き込みたくないのが本心だった。


(……それに気づいているからの発言だろうな)


 オデッサの優しさに笑みをこぼす。すると彼女はパンッと手を叩いて切り替えた。


「屋台通りに行きましょう、ロジー。お腹空いたでしょう? あっ。でも荷物が邪魔よね。一回帰るのも手だけど」

「いや、問題ない。せっかくだから食べて行こう」

「決まりね!」


 食材と言っても片手で持てるだけの量だ。少しくらいの寄り道は問題ないだろう。屋台通りに行くと、早朝ながらも多くの人でにぎわっていた。


「朝なのに人が多いな」

「朝も稼ぎ時だからね。特に漁から戻って来た漁師が食べに来たりするのよ」

「なるほどな」


 いい匂いが漂う屋台通りは、どのお店も美味しそうな物を売っていた。


「何でも食べて、ロジー。私がおごるから」

「悪いよ」

「荷物持ち代よ。これも労働なんだから」

「……それならありがたくもらうよ」


 オデッサの厚意を受け取ると、屋台を本格的に観察し始めた――その時だった。


「‼」


 遠く離れた屋台通りの先に赤髪が見えた。慌てて目をそらすが、鼓動の動きが早くなる。


「ロジー、どうかしたの?」

「……いや」


 何でもないと言って前に進めるほど、私には勇気がなかった。何せあのアシュフォードだ。近付けば近付くほど、私が不利になる。


「大丈夫?」

「あぁ。大丈夫だ」

(オデッサの言う通り、今は変装している上に一人じゃないんだ。そう簡単にわからないさ)


 どうにか自分を落ち着かせようとすれば、オデッサが怪訝そうな声を発した。


「……ねぇ、ロジー。もしかして知り合い?」

「え?」

「あの人よ。何だかずっとこっちを見ているんだけど――」


 オデッサがじっと見つめる先を見れば、今度はがっつりと赤髪の人物、アシュフォードと目が合ってしまう。その瞬間、私は反射的にオデッサの手を取った。


「オデッサ、逃げるぞ!」

「え? ロジー!?」


 猛スピードで走り出した。人ごみがあるためそう簡単に追い付けないと信じたいが、見つかった事実は不安を掻き立てた。


「ロジー、撒くならこっちよ」

「わかった」


 港町を熟知しているオデッサの案内の元、アシュフォードの目をかいくぐりながら通りの外れにある雑貨屋へと入っていった。


「ひとまずここで休憩しましょ」

「……すまない」

「謝ることないわよ。それにしても失敗したわ」

「何がだ?」

「相手の顔をもっとしっかり見てばよかった。どんな人がロジーを追っているのか気になるじゃない」

「……ははは」


 まさか英雄とは言えまい。乾いた笑みで濁しながら、この後どうするべきか悩んだ。


「少し経ったら別の場所に行くでしょ」

「……いや」

「あっ。お相手さん、気配を覚えているんだったわね。……それならここを出て無傷でサンゴに戻るのは不可能かしら」

「あぁ」


 今は雑貨屋にいることで視界から外れているが、ここを出た瞬間アシュフォードが気配を辿ってくる確率は高い。不運なことに、この雑貨屋からサンゴまでは時間がかかってしまう。


「それなら打開策を考えないといけないってことね……って言うところなんだけど」

「もしかしてもう案があるのか?」

「えぇ。一度やってみたかったことがあるのよ」


 にこりと笑うオデッサは、予想外のことを口にした。


「ロジー、私を力強く抱きしめてくれる?」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る