第17話 逃亡する元暗殺者



 スティーブの睡眠薬の中でも、かなり重い薬を使用した。当分の間は起きないはずだ。縄で縛り終えると、ひとまず奥の部屋に運ぶ。


(さすがに貴族派に向けて“ロザクは生きていた”と今更アシュフォードが言う理由はないだろう。ただ、わからないのはここに来た目的……良いものでないことは確かだ)


 アシュフォードに知られた上に押しかけられた以上、この村に留まることはできそうになかった。急いで必要な物を持つと、マギーさんにだけ挨拶をしに向かう。


「朝からすみません。少し出稼ぎに行こうかと」

「そうなのかい? 困ってるんなら力になるよ」

「お気持ちだけいただきます。少し用事もできたので、しばらくは戻らないかもしれません」

「……わかったよ。気を付けるんだよ、ラルダ」

「はい」

「いつでも帰っておいで」

「はい……!」


 事情を察してくれたマギーさんは、ゆっくりと頷いた。

 感謝を伝え終えると、早速リセイユ村を出ようとする。


(あれは……行商ハンクの所に見たことない馬があるな)


 恐らくその馬でアシュフォードが来たのだろう。


(なるほど。ハンクから情報を買ったのか)


 黒髪の女性と言えば、私が当てはまる。この村周辺では珍しい色なので、人伝に聞けばたどり着くことも不可能ではない。


(だとすれば逆方向に逃げなくては)


 運のないことに馬は持っていないが、足は速い方だ。急いで気配を消して走り出すと、リセイユ村を後にするのだった。


(どれくらい距離を取るべきか……三つほど村は跨ぎたいな)


 最初に到着した村で運よく馬を購入すると、そのまま遠い先の村まで急いだ。結果、滞在することになったのはリセイユ村から二つの村を挟んだ先にあるモース村だ。モース村には宿があるものの、宿泊するか悩み始めた。


(ここで宿を取るのは危険か……いや、あの睡眠薬は最低でも一日眠らせるとあった。それに、モース村の前に通った二つの村に痕跡を残してきた。休む余裕はあるな)


 そう判断すると、いくつかある宿屋の中でも、こじんまりとした宿屋を選択した。幸いにも最後の一部屋が空いていたので、その部屋を取ることにした。


「……疲れた」


 思わずため息を吐く。

 英雄が訪ねてくるだなんて、誰が予想しただろうか。ルゼフとスティーブでさえも、計画にないはずだ。


(ロザクは死んだ。……それでも見つけに来た理由はなんだ? まさか“結婚してくれ”が本心なわけあるまい)


 隙をついて連れて帰るのが目的だと仮定した時、ヴォルティス騎士団の戦力にしたいのかという考えが浮かんだ。


(貴族派に加担しなかったからと言って、王家派という訳じゃない。そもそも私は貴族じゃないんだ。その括りには当てはまらない)


 王家派としての戦力を増やしたい考えは一定数理解できるが、それに応じようとまでは思っていない。


(……疲れたな。今日は休もう。明日朝一でここを出発すれば、追い付かれることはないだろう)


 警戒しながらも、疲労が溜まっていたからか眠りについてしまった。




 翌朝、ぱっちりと目が開いた。窓の外を見れば、日が昇り始めた頃だった。


(十分に休めた。早速出発しよう)


 宿屋の主人にお礼を言いながら会計を済ませると、宿の前に置いていた馬を迎えに行く。縛っていた紐を取ろうとすれば、数人の男に囲まれた。


「なぁ、お嬢さん。その金、俺達にわけてくれないか?」

「ちょっとでいいんだ」

「それと馬もくれると嬉しいねぇ」

(……モース村は治安が悪いみたいだな)


 チンピラのような男三名に囲まれると、私は一つ言い返した。


「……ここだと宿屋の迷惑になる。場所を移してくれ」


 私の提案が意外だったのか、好都合だったのか、顔を見合わせて喜ぶと宿屋の裏路地に連れていかれた。


(モース村にもこういう場所があったのか。……まぁ、あそこの方が治安は悪いな)


 悪いなんてもんじゃない。人殺しという本当の悪があるのだから。


「その腰に下げている金だけでいいからな」


 着いてきたことで、勝手に金を払うと思われたらしい。


「渡すとは一言も言ってないぞ?」

「おいおい、痛い目にはあいたくないだろう?」

「奪えるのなら奪ってみたらどうだ?」

「ははっ!」


 下卑た笑いをしながら、少しずつ近寄って来る男達。


(手加減はすべきだな。相手は一般人だ)


 そう思いながら足の裏に力をいれた、その瞬間だった。


「ラルダ、屈め!」

「!?」


 突如名前が呼ばれたかと思えば、私の頭上を通り抜けてアシュフォードが現れた――かと思えば、アシュフォードは一気に男たちを気絶させていった。


「これで問題な――!!」

「……あっ」


 次は自分がやられるかもしれない。そう反射的に体が動くと、アシュフォードの首に打撃を与えていた。すると、そのまま彼は気を失って倒れてしまった。


「……すまない」


 そう一言残すと慌てて馬に乗り、急いでモース村から出発するのだった。


(追いかけて来るかもしれないとは思っていたが、まさかこんなに早いとは)


 さすが英雄と言うべきなの、回復力の強さを考えれば悠長にはしていられない。なるべく遠い場所へ。そう思いながら、馬を走らせるのだった。



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