第16話 不本意な再会




 どうして、何故ここにアシュフォードが。


 困惑と焦りが一気に駆け巡る中、反射的に扉を閉めようとした。


「――っ」


 しかし、単純な力勝負では勝つことができない。


「客にする対応にしてはあんまりじゃないか?」

「来客の予定はない」


 楽しそうに笑うアシュフォードに、戸惑いは膨らむばかりだ。


(死体は完璧だったはず……! どうしてわかったんだ? それだけじゃない。何故リセイユ村ここがわかって)


 考えることは多かったが、何一つ答えがわからなかった。扉への力は抜かないようにしていれば、アシュフォードはにやりと笑った。


「レジスが帰って来た」

「‼」

(コルク子爵……‼)


 集中力に乱れが生まれた瞬間、勢いよく扉を開けられた。


「‼」

「邪魔するぞ」


 そう言うと、私の体を持ち上げて中へと入り、扉を素早く閉めてしまった。急いでアシュフォードの手を振り払い、距離を取る。


「ロザク……いや、ラルダか? 聞きたいことがある。君もそうだろう?」

「……」

(名前まで知って……)


 そう問われて、警戒しながらアシュフォードを見上げる。あの日のような殺気は感じられず、どこか穏やかな雰囲気を感じた。


(まさか、事情聴取をしに来ただけなのか?)


 コルク子爵がアシュフォードの元に戻ったのなら、私に接触しに来るのは必然のことだ。ひとまず命の危険がないと判断すると、席に座るよう勧めた。


「……わかった。座ってくれ」

「ありがとう」

(今は追い出せないし逃げられない。……ひとまずは探るしかないな)


 緊張した面持ちでアシュフォードの向かい側に座ると、じっと彼を見つめた。すると、最初に出てきたのは予想外の感謝の言葉だった。


「レジスを守ってくれたこと、感謝する。」

「!」


 驚いた。まさか頭を下げられるだなんて思ってもみなかったから。


「事情はレジスから聞いた。君が殺さずに守ってくれたことも全部」

「……そうか。だが感謝される覚えはない」


 暗殺者として依頼受けた時点で、恩は発生しないと思っている。だからこそ、アシュフォードが頭を下げる理由はなかった。


「ここに来た理由がコルク子爵に対する謝礼なら不要だ。帰ってくれ」

「謝礼じゃないさ。それはついでだ」

「……」

(何を企んでる?)


 アシュフォードがロザクを追いかけて来た理由がわからなかった。


「……長話になるのなら茶を出そう」

「悪いな」


 ひとまずは話を聞くことしかできなさそうだった。

 お茶を出すと、自分も飲んでどうにか心を落ち着かせる。


「いい茶葉だな」

「……貰い物だ」


 家に入って来てからずっと好意的な英雄に、却って不信感が募るばかりだった。


「謝礼以外に用があると言ったな。何用だ」

「迎えに来たんだ」

「……何だって?」


 以前対峙した時とはまるで別人のように爽やかに微笑んだアシュフォードに、警戒が増す。


「俺の話になるが……ハルラシオンの英雄として、名を馳せるほど強くなった」

「……知っているさ」

「だがもう一つ、ヴォルティス侯爵という肩書きのために、婚約者ないしは妻を見つけなくてはいけない」

(……勝手に見つければいいじゃないか)


 いまいち話の着地点が見えずにいれば、話題はロザクへと繋がった。


「誰でもいい訳じゃない。俺にだって求める理想がある」

「理想……」

「あぁ。それが“俺より強い人”――ロザクだった」

「…………は?」


 アシュフォードが放った言葉が理解できずにいると、いつの間にか彼は私の隣に立っていた。そして跪くと、そっと手を取られる。


「ロザク――いやラルダ。君の実力に惚れ込んでいる。俺と結婚してくれ」

「!?」


 一体何を言い出すんだこの男は。

 アシュフォードの思考回路に困惑し始めると、彼はさらに話を続けた。


「まさか自分より強い人に出会えるとは思わなかった。何よりもそれが嬉しいんだ」

「何を言って……たかが暗殺者が英雄より強い訳ないだろう」

「謙遜するな。あの日君が本気じゃなかったことくらいわかっている」

(……どういうことだ。だから私の方が強い可能性があると勘違いしているのか?)


 訳がわからない。可能性だけを追い求めてリセイユ村まで来たとでも言うのだろうか。


「それはもう一度再戦しろという意味か?」

「再戦か。是非とももう一度手合わせ願いたいが、君に怪我はさせたくない」

「喧嘩売っているのか?」

「まさか。お互い、手を抜く戦いなど無意味だろう? 互角の実力なら、怪我は付き物だ」


 これは暗殺者に向ける眼差しではない。初めて受ける生温かい目線がさらに困惑を生んだ。


「悪いが他を当たってくれ」

「すまないラルダ。それはできない。君以上に強くて美しい女性など――」


 バタン。


 言い切る前に、アシュフォードは気を失って横たわってしまった。正確には眠っているのだが、効き目が今出たらしい。


「……焦った。効かないのかと思ったぞ」


 スティーブからもらっていた睡眠薬を、先程出したお茶に混ぜておいた。即効薬と言う割には効き目がでなかったので不安になっていたが、アシュフォードがぐっすり眠っている辺り、問題なさそうだ。


(出発前に毒薬や風邪薬とあらゆる薬を渡されたが……睡眠薬もあってよかった)


 安心するのも束の間で、今はこの男をどうにかしなくてはならない。


(結婚してくれって……新手の罠か? それとも気を抜かせるための文句か……どちらにせよ、危険なことに違いないな)


 英雄を外に放り出すわけにも行かないので、ひとまず縄できつく縛っておくことにするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る