第15話 ロザクを探して(アシュフォード視点)





 ヴォルティス侯爵領とコジャン子爵が構える闇組織がある場所から離れた土地へ向かった。目星はついているものの、それでもまだ範囲は広い。


 ひゅうっと風が吹く。


「おっと」


 被っていたローブのフードが取れそうになって、素早く戻した。


(英雄は有名人だから顔を隠せとクリフに言われたが……本当に顔までわかるものか?)


 名前こそ有名だが、顔が浸透しているとは思えない。確かに赤髪は目立つが、英雄に憧れて染色する奴が多いと聞いた。その一人だと言えばバレないだろう。


(まぁ、用心するに越したことはないか)


 ぐっとフードを被り直すと馬を走らせた。町に到着すると、話を聞くことにする。


(ここら辺は王都から遠い。俺の顔がわかる奴はいなさそうだな)


 特段警戒することはなく、酒場へと向かった。

 夕方ということもあって酒場は非常ににぎわっており、酔っ払いも多かった。


「何だ兄ちゃん一人か!? 飲もうぜ、飲まなきゃやってられねぇよ!」

「すまない。人探しをしているんだが」

「人探しぃ?」

(かなり酔ってるな。聞くだけ無駄か)


 楽しそうに笑って酔っているあたり、悪い奴ではなさそうだ。


「黒い髪の女性を見なかったか?」

「黒い髪? 珍しい髪色だなぁ。見たらわかるけど、わりぃな。記憶にねぇ」

「いや。ありがとう」


 ロザク最大の特徴と言えば、夜空よりも暗い黒色の髪だ。あれほど美しい髪は見たことない。


(確かに、ハルラシオンで黒髪は珍しいな)


 黒に近い紺色の髪は見た事があるが、思えば黒髪を見たことはなかった気がする。


「おい、飲んでるか?」

「おうともよ! なぁ、黒髪の女見なかったか? この兄ちゃん人探ししてるんだと」

「黒髪? 知らねぇな……」


 飲み仲間が絡みに来たかと思えば、情報を聞き出してくれた。なかなか親切な酒場だ。


「ハンクのとこに行ってみたらどうだ?」

「ハンク?」

「行商やってる俺の友人だ。ここら辺の村に食糧とか衣服を売りに行っててな。あいつなら見た事あるかもしれねぇ」

「行商か……」


 その考えはなかった。確かに、身をひそめるなら人の多い町よりも村の方が良い。


「ハンクはどこにいるんだ?」

「兄ちゃん、ただで教えるっていう訳にはいかねぇよ」

「情報料か。これで足りる――」

「俺と飲みで勝負よ! 勝ったら教えてやるさ」


 金を出そうとすれば、遮られてしまった。さすが酒場の人間というべきか、飲むことが大好きのようだ。ルールは単純で、多く飲んだ方が勝ちということだった。


「飲みか。わかった。それで行こう。……だが大丈夫か? 既に飲んでいるようだが」

「もちろんよ。ハンデだとでも思ってくれ。まぁ、ハンデにもならねぇかもな」

(酒か……)


 実際、溺れるほど飲んだ経験はない。騎士団の団員達も飲むことは好きだが、最後まで付き合うほど飲んだことはない。


(こうなるならダテウスを連れて来るべきだったか)


 ダテウスは間違いなく騎士団一の酒豪だ。戦争から戻って行った祝勝会で最も飲んでいた男。ここにいる酒飲みたちからも似たような空気を感じて、少し不安が生まれる。


「よし、始めるぞ!」

「あぁ」

(意識を飛ばさなければいい話だ)


 飲み始めた結果、相手の男が潰れるのが早かった。そこまで飲んだわけではないが、気分はあまりよくない。


「おぉ兄ちゃんすげぇな」

「くそぅ、昨日飲んでなければ勝てたさ……」

「悪いな。俺は昨日飲んでない」


 ハンデは大きかったようで助かった。


「負けたからには! 約束を守るぜ‼」


 酔いが回って来たのか、上機嫌のようだ。


「ハンクはこの店の裏側に住んでんだ。明日にでも訪ねてみな」

「裏側か。助かった。……ささやかな例だが、今日の飲み代は払わせてくれ」

「お? いいのか? ありがたいぜ兄ちゃん」

(明日には忘れてそうだな)


 こうして酒飲みと一夜を明かすと、翌朝すぐにハンクの家を訪ねるのだった。


(……頭が痛いな。やはり酒はそこまで強くなかったか)


 とはいえ、六杯も飲んだのだ。弱くないと信じたい。


 教えられた場所に向かえば、荷馬車に荷物を乗せている男がいた。


「あなたがハンクか?」

「そうだが……あんたは?」

「大したものじゃない。人探しをしているんだ」

「人探しねぇ……」

(警戒されているみたいだな)


 酒飲みとは違って、警戒するのが普通だ。こういう時は、探している相手のことを詳しく言えば知人と勘違いしてくれるとローレンが言っていた。


「黒い髪の女性を探しているんだ。背は高くて、髪は長い。特徴は……そうだな、強い」

「強い黒髪の背が高い女?」

「あぁ」

(……強いは抽象的だったか)


 他に何を言おうかと迷った瞬間、ハンクは笑った。


「なんだラルダの知り合いか。俺もこの前助けてもらったところなんだ」

「……ラルダはどこにいるんだ?」

「おっと待ってくれ。迷惑かけるつもりなら教えられない」


 ラルダ。その名前が正しいかはわからないが、特徴に当てはまっているのなら会いに行く価値がある。


「……俺は王都から彼女を追いかけてきたんだ」

「何しに?」

「……求婚をしに」


 またも沈黙が流れたかと思えば、ハンクはさらに豪快に笑った。


「そうか! そうなら早く言ってくれよ。ラルダならリセイユ村にいるぞ。俺は今から行くんだが一緒に行くか?」

「同行してもいいのか」

「もちろんよ」


 運よく求婚者として認定された俺は馬を取りに戻り、リセイユ村へと向かうのだった。

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