第11話 田舎まで届いた吉報



 水切りを成功させたら、子ども達が懐いてくれた。コナーの警戒も解かれたようで、ひとまず安心だ。


 異世界に来てからはずっと暗い場所で生活していたので、こんなにも明るくて平和な場所で暮らせているのは嬉しかった。


(暗殺が存在しているのも、貴族派が悪政をしているのも信じられない風景だな)


 長年悪政が続いている理由は、平民にはそこまで大きな害はないということ。ただこれは表向きの話で、皆知らない場所で搾取されているのだ。


(この前、行商が食材が値上げしたと言っていた。自分達で作る判断をしているリセイユだからこそ、気付きにくい部分もあるんだろうな)


 この平和を守るためにも、自分の願いを叶えるためにも、まだ戦い続けなくてはいけない。とはいえ、今は休暇が与えられた任務のようなので、休めるだけ休むとする。


 今日も子どもたちの遊び相手をしていた。遊び相手になったかはわからないが、楽しんでくれたのでよしとしよう。帰り道に、マギーさんに作り過ぎたポトフがあるから、鍋を持ってきなさいと言われたので、ありがたくいただきに向かった。


「お邪魔します」

「来たかい、ラルダ」

「はい」


 ぺこりと会釈をすると、早速鍋を渡した。マギーさんはポトフを入れながら世間話を始めた。


「聞いたかいラルダ」

「何をですか?」

「無敗だと有名な暗殺者ロザクが、英雄様によって殺されたらしいよ」

(!!)


 その報せは、間違いなく私にとっては吉報だった。だが、顔に一切見せずに反応する。


「ロザク、ですか」

「知っているのかい? あたしは英雄様こそ知っているけど、強い暗殺者がいるなんて初耳だよ」

「王都では、聞いたことある人もいる程度です。私も、英雄様の話の方が知っています」

「そうかい」


 マギーさんの話を聞く限り、平民にこの話が広がったのはあくまでも“英雄様の話”だからのようだ。ロザクはあくまでも付属品に過ぎないが、私からすればそれでよかった。


(これでサルバドールも死んだと思っているはず)


 狙いはそこなのだから。

 噂が広まったということは、死体偽装成功を意味していた。アシュフォード達もロザクの死体を処理したと考えられる。


(さすが、ルゼフとスティーブだな)


 二人の仲間に助けられた作戦は、無事願い通りの結果を出したのだった。


(後はこの噂が消えるのを待つまで。……ルゼフやスティーブに会いに行くのはもう少し先にしよう)


 そう決めたところで、マギーさんが鍋の蓋をした。


「王都は物騒だねぇ」

「そうですね」

「でも、さすが英雄様だ」

「ええ。本当にお強いと聞きます」

「だろうね! 何せこの国を守ってくれた方だからね」


 アシュフォードの強さは間違いない。何せ、身をもって体験したから。


(彼さえいればこの国も安泰……そう言い切れないのは、貴族派がアシュフォードの首を狙っているから)


 作戦が成功したとはいえ、いつ何が起こるかわからない。気を抜かないようにしなければ。


「ポトフ、ありがとうございます」

「いいんだよ。またコナーと遊んでやってくれ。あの子、最近ずっとラルダの話をしているんだ」

「本当ですか」

「子ども達の人気者だって、自慢してたよ?」

「それは嬉しいですね」


 仲良くなれたとは思っていたものの、まさか人気者にまで昇格していたとは。予想外の情報は純粋に嬉しかった。


「また困ったことがあれば何でもおっしゃってください」

「あぁ、頼りにさせてもらう」


 深々とお辞儀をすると、隣に立つ家へと戻っていくのだった。

 家に入ろうとすると、鳥が手紙を持ってやって来た。


(あれはルゼフの鳥だ)


 優秀な芸術家は鳥を飼育しており、連絡手段はその鳥を介して行っていた。


「ありがとう」


 肩にとまった鳥に感謝を伝えながら、家の中へと入っていった。


 ポトフの入った鍋を、テーブルの上に置かれた布の上へと置いた。そのまま椅子に腰かけると、ルゼフの手紙を読んだ。内容をまとめると、ロザクが死んだことで裏社会は騒然としていること、何よりギレルモが焦っているとのことだった。他には、王都ではすっかりロザクが死んだという認識が広まっているということだった。


(この村にも噂は届いた。国中が知るのも、あと少しだろうな)


 ロザクが死んだこともあり、しばらくの間は暗殺が行われていないというのも描かれていた。


(これは噂ですが、ヴォルティス侯爵家が密偵を捕らえたことがさらに貴族派の動揺を生んでいるようです……暗殺の次は密偵か。それとも随分前のか。……どちらにせよ、英雄はやられそうにないな)


 最後には、スティーブも問題なく過ごしているという報告までついてた。


(追伸、未だに紅茶店にお客様がきません……って、そりゃ来ないだろう)


 そもそも立地が悪すぎる。紅茶を嗜むような貴族は、あんな裏路地には来ないのだから。わかって書いているのだろうが、相変わらずルゼフが元気そうで何よりだ。


 手紙を読み終わって安心すると、もらったポトフを冷めないうちに食べ始めた。

 食後は急いで返事を書くと、鳥に任せて就寝するのだった。




 翌朝。いつもと変わらない時間に起きた。寝室の窓から見える景色では、今日も晴れだということがわかった。

 

 コンコン。


 朝から来客とは珍しい。


 思い当たる人物にマギーさんが真っ先に浮かぶ。


(もしかしてこの前直した屋根に不備があったか)


 まだ眠気の残る頭を起こしながら、扉へと向かった。


「はい」


 寝ぼけ眼で扉を開けた。その瞬間、大きな後悔に包まれた。そして気がついた。自分が平和ボケをしていたことを。


「見つけたぞ、ロザク」

「!!」

 

 立っていたのは、そこにいるはずのない人物ーー英雄、アシュフォードだった。

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