第6話 暗殺者は死ぬ



 こうして私は、英雄侯爵を暗殺しに向かうのだったーー。


 キイィン!!


 英雄の剣と暗殺者の短剣が交差する。

 私の相手を伺う攻撃に比べて、アシュフォードの動きは一つ一つが私を仕留めて殺す勢いのものだった。


「どうした? 本気で来なければお前が死ぬぞ」

(ごもっともです)


 けれども私の目的は暗殺ではないため、アシュフォードを殺すような攻撃をする必要はなかった。


(……少しくらい本気を出さないと怪しまれるな)


 そう判断しながら攻撃を防いでいれば、アシュフォードは、剣をさらに強く振り、仕留める一撃を繰り出した。


 ガシャン!!


 勢い良く吹き飛ばされた私は、窓を破ってベランダの柵まで追い込まれた。


「ーーっ!」

「これも受け止めるか」


 そう呟く声が聞こえる。


(……間違いなく強い殺気だった。これは本気でいかないと、本当に殺されてしまう)


 整理する隙も与えないのがアシュフォードで、そのまま私の方へと突っ込んできた。座り込んでいたので、不利な体勢で剣を受け止めることになる。


「ここまで耐えた暗殺者は初めてだ。名前くらい聞いてやる」

「…………ロザクだ」

「!!」

「っ!!」


 名乗った瞬間、首筋めがけて剣が振り直された。それを避けて起き上がると、アシュフォードの腹を思い切り蹴飛ばす。


 今度は、アシュフォードが吹き飛ばされると、先程までの余裕そうな声ではなくなり、低い声になっていた。


「お前か……レジスを殺したのは」

(レジス……レジス・コルク子爵か)


 影の方まで飛ばされたアシュフォードの表情が見えなかったが、一気に殺気が増したのがわかった。


(本当は生きている。……だが、それを示す証拠はない。……伝える理由もない)


 話し合いは不可能と判断すれば、短剣を持ち直した。


「……仇を、取らなくてはな」


 その呟きの直後、殺気が目にも止まらぬ早さで飛んできた。重く殺意のこもった一振を受け止め、飛んでくる蹴りを蹴りで返した。


(殺気は……暗殺者も専門だ。普通なら)

 

 圧される殺気に対して、私はどうにか怒りの感情を浮上させ、思い切りアシュフォードを睨み付けた。

 これが殺気かどうかわからない。何せ、今まで人を殺そうと本気で思ったことはないから。


「!!」


 殺してやる。その気持ちでアシュフォードの攻撃を打ち返せば、そのまま回し蹴りをアシュフォードへと食らわせた。


(……これくらいか)


 再び距離ができると、私はベランダから外へと飛び下りた。


「待て!!」


 アシュフォードの視界にギリギリ捕捉される距離で走ると、森に入り込んだ。そして、ヴォルティス侯爵領の最果てでもある崖の前で立ち止まった。


「……逃げ足は早いようだが、運はないようだな」

「…………」

(あと少しだ……)

 

 崖を背に、少しずつ様子を見ながら距離を取るアシュフォード。短剣を構えると、同じタイミングで飛び出した。


 剣が交錯する中、アシュフォードの一振をもろに食らってしまう。


「ーーっ」

「……」


 右の脇腹から赤いものが出始める。怪我を気にする暇もないほど、アシュフォードは攻撃を続けた。


「くっ……」


 アシュフォードの剣は首に向かい、それを避けた弾みにローブのフードが外れる。そして鼻まで隠していたマスクの端に、アシュフォードの剣先が触れてが外れてしまった。


「…………女?」

(顔を見られた……だが、もはや関係のないことだ)


 脇腹に触れながら、少し顔を歪ませる。アシュフォードが油断した所に、最後の力を振り絞りながら突っ込んだ。しかし、反射的に物凄い力で跳ね返される。崖のギリギリまで飛ばされると、どうにか立ち上がった。


「英雄、アシュフォード」

「……」

「……私の負けだ」

「!!」


 ふっと笑いながらそう告げた瞬間、私は勢い良く体重を後ろに傾けた。


「おいっ!!」


 そして、そのまま崖の下にある川まで落下していくのだった。じわりと赤い血が流れ出す。


(馬鹿だな。……なんで自分を殺そうとした奴に手を伸ばすんだ。見殺しにするだろう、普通)


 さらに笑みを深めながら、川に流されていくのだった。




 空を見ながら、流されていくと親しみのある声が聞こえた。


「あんまり浸かってると風邪引きますよ? ロザクさん」

「その通りだ。夜は冷える。さっさと上がって着替えたまえ、ロザク君」


 二人は私がこれ以上流されないように、引き上げてくれた。


「ありがとう。ルゼフ、スティーブ」


 感謝を伝えながら陸へと上がれば、そこには一つの死体があった。


「……まさか、自分の死体を見る羽目になるとは」

「過去一の仕上がりですよ。何せ、誰よりも見てきた顔ですからね」

「本当だ、そっくりだな」


 自身の死体を確認していると、死体の前に座り込むスティーブが私の方を向いた。 


「それで、どこを切られたんだ? 同じ傷を作らなくてはね」

「あぁ。右の脇腹だ」


 スティーブに切られた傷跡を見せる。そこには傷はなく、服だけが切られた痕跡が残っていた。


「切れた範囲を見るに、あまり深くないようだな……剣を貸してくれ」

「はい」


 じっと割けた服を見つめるルゼフは、不安げに尋ねた。


「俺の作った血糊、役に立ちましたか?」

「あぁ、しっかりと。おかげで無傷だ。ありがとう、ルゼフ」

「いや、本当に役立つとは。ご無事で何よりです」


 脇腹からでた血は、全てルゼフによって作られたものであり、私の血が流れることはなかった。


 今回の暗殺は、アシュフォードに私を殺してもらうことが目的だった。アシュフォードに偽装ができないのなら、ロザクの偽装をしようというのがルゼフの案だった。


(なかなか良い案だったな)


 アシュフォードに切られた服の部分を、じっと見つめる。


「やっぱり英雄は強かったですか?」

「もちろん」

「でも逃れられたってことは、ロザクさんも十分強いってことですよね。互角ですか」

「いや……逃げ足だけは早いんだ」


 私が強いかどうかはわからない。結局人を殺すことができないのなら、欠けているのだから。そんな思いを隠しながら、ルゼフの褒め言葉に笑った。


「終わったよ。さぁ、さっさとここを去ろう。ヴォルティス侯爵とその騎士団が来る前にね」


 スティーブとルゼフによって、ロザクは陸にうち上がったものの力尽きて死んだ、という状況を作り出した。


 その準備が終わると、私達はヴォルティス侯爵領を後にするのだった。

 

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