第7話 腑に落ちない死(アシュフォード視点)


 


 暗殺者が崖から落ちた。

 拘束されるよりも、自死を選ぶのは当然のことだ。


(……なのに、何故こんなにも不快なんだ)


 あの時俺は咄嗟に手を伸ばした。見殺しにすればよいのに。

 初めて抱く感情に疑問を抱いていれば、侯爵家の騎士団が後ろから駆け寄ってきた。


「「「ヴォルティス団長!!」」」


 基本的に暗殺者の処理は一人で行っているが、いつも以上に時間がかかったことと、屋敷から出たことが気掛かりで追って来たとのことだった。


「アシュフォード団長。暗殺者はどこへ」

「ローレン。この崖から落ちたんだ。至急、捜索しろ」

「わかりました。一番隊と二番隊は暗殺者の捜索にかかれ」

「「「はい!!」」」


 騎士団の二番隊長のローレンが素早く指示を出した。俺はロザクが落ちていった崖の下を眺めた。


(……何だ、この違和感は)


 あれだけの血を流して崖から落ちれば、まず死亡と考えるものだ。しかし、何故だかその思考は釈然としなかった。


「どうかされましたか?」

「あぁ……」


 暗殺者、名はロザク。

 その手腕と評価は俺のところにまで届いていた。一度も依頼を失敗したことがなく、その実力は折り紙つきだと。


(女だとは……思わなかったが)


 噂として耳にしていた評価を今日目の当たりにした訳だが、確かに実力は高いものだった。


「ローレン。暗殺者ロザクについて調べられるか」

「ロザク……レジス補佐官を殺したと言う暗殺者ですか。死んだ者を調べる理由が?」

「……これはあくまでも直感だが、奴はーー彼女は死んでない気がする」

「!!」


 確かに血を出すのを見た。

 崖から飛び降り、大量の出血と共に川に流されるところも見た。

 

「何故そう思われるのですか?」

「……あの力量なら、避けられた筈だ」


 間違いなく、俺に並ぶほどの実力を持った存在といえる。今まで仕向けられた暗殺者とは、比べ物にならないほど戦闘能力は高かった。


「わざと傷を負ったと……?」

「あぁ。……それに、レジスの件も気になる。あいつは補佐官とはいえ、抵抗もなしに死ぬような男ではない」

「……確かにそうですね」


 レジスの暗殺に加え、今回の自死も引っ掛かることが多かった。


「わかりました。至急、ロザクに関して調査致します」

「あぁ、頼んだ」


 ローレンを見送った後、もう一度だけ崖の下を観察する。


(怪我だけじゃない。ロザクからは、俺に対する殺気を一切感じられなかった)


 彼女は果たして、本当に俺の命を狙いに来たのか。酷く疑問に感じてしまうほど、行動と言動が一致していないように思えた。


(……あの笑みが頭から離れない)


 死ぬかもしれない瞬間に笑う奴はいる。けれども彼女の笑みからは、どこか安堵したような気配の変化が感じられたのだ。


「ロザク……」


 疑問を抱きながら、川の下流へと向かった捜索隊の元へ向かうのだった。




 川をたどりながら向かえば、所々に血が濁った後があった。


「おっ、アシュフォード」

「ダテウス、見つけたのか?」

「あぁ。完全にこれは死んでるぞ」


 一番隊の隊長であり、幼馴染みでもあるダテウス。背後に死体があるのは明確だったが、騎士団一の大男が立っているため、見ようにも見えなかった。


「ダテウス、どけ」

「あぁ、悪い。って、もっと言い方あるだろう」

「お前は俺に何を期待しているんだ?」


 呆れるようにため息を吐くと、ダテウスの先にある死体を確認しに近付く。


「ローレンにあまり負担をかけるなよ」

「いやぁ、面目ない。少し起きるのが遅くてな」


 ローレンが一番隊にまで指示を出していたのは、この隣で反省の意思を見せない男が遅刻したからである。


 あっけらかんとした態度はふざけているようにも見えるが、剣の実力は俺を除けば騎士団一だ。


 所々に問題はあるものの、その強さと信頼関係から右腕を担っている部分がある。


「どうやらロザクは、川から上がろうとしたところで息絶えたみたいだぞ」

「そうか……」


 ダテウスに死体場所まで案内されると、そこには先程とは異なり、青白くなったロザクがいた。一見すれば、それが間違いなくロザクのものだと思うだろう。ただ、直感的にそうは思えなかった。腑に落ちないまま、死体に近付いて確認を始める。


(脇腹に傷を与えたが……確かに同じ場所に傷があるな)


 じっと確認したものの、違和感を覚えた。微だにしない俺を気にしたダテウスが、横から声をかけた。


「なんだ、難しい顔して。もしやこれはロザクの死体じゃないってか」

「……出血量と傷の深さが合わないと思ってな」

「さすがは英雄様。負わした傷はもっと深いってな」

「逆だ。もっと浅かった」

「何だって?」


 聞いたことのないような、間抜けな声で反応するダテウス。


「冗談だろ。まるで、このハルラシオンで最強と名高いアシュフォードの攻撃が、まともに通らなかったみたいに聞こえるが」

「そう言っただろう」

「!!」


 驚くのも無理はない。今まで送られてきた暗殺者は、一人として強い者はいなかった。誰もが速攻で返り討ちにされていたが故に、屋敷の警備も不要になっていたのだ。


「ロザクは間違いなく実力者だった。だからこそ、あんな簡単に死ぬとは思えない」

「……でも、顔は同じだろう?」

「…………」


 ダテウスに催促される形で、俺はロザクと思われる死体の元へしゃがみこむのだった。

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