第4話 予期せぬ来訪者



 


 コルク子爵は死亡したーーことになってから二週間が経った。スティーブ曰く、子爵の死亡は貴族派と敵対する王家派にとってかなりの打撃になったようだ。


(……私にできることはやったが、複雑な気分だ) 


 結局は貴族派の思い通りに事が進んでいると思うと、もどかしくて仕方なかった。


(コルク子爵では飽きたらず、また暗殺依頼をする辺り、本当に性根が腐ってるな)


 今日は組織から呼び出しを食らい、大人しく組織の長がいる建物に踏み入れていた。


(いつも以上に静かだな。……まぁ、裏社会なんてこんなものか)


 私が所属する組織は裏社会そのものであり、総称して“地下”と呼ばれることが多い。


(行き着くものが行き着いた、それより下がない場所……間違いない)


 はっと鼻で笑いながら、組織を束ねる長が待つ部屋に向かった。


「来たか、ロザク」

「……あぁ」


 長の名はギレルモ・ラジャン。ラジャン子爵でもあり、基本的には裏社会のトップとして貴族派に貢献している。


 貴族派の仲介者でもあり、悪事の根元でもある男だ。


 地下、と呼ばれる以外にはラジャンに所属する者と言われることもある。それだけギレルモが持つ力は大きい。今年で四十歳を迎えると聞くが、引退する様子はまるでない。


 部屋に踏み入れれば、そこには異様な空気が漂っていることがわかった。


「ギレルモ。この者か?」

「はい。オブタリア公爵様」

(オブタリア……!!)


 忘れもしない名前。嫌でも記憶に残っている、忌々しい名前だ。


(サルバドール・オブタリア……ハルラシオン王国の宰相の名だ)


 オブタリア公爵家。

 いまハルラシオン王国で最も権力を持つ家であり、貴族派の頭でもある存在。何よりも、このふざけた象徴の元凶だ。


「なるほど。君がロザクか。いつもうちの者が世話になっているようだね」

「……いえ」

(……人を笑顔で威圧するのは相変わらずか)


 ソファーに深く腰かけるサルバドールは、穏やかそうに見えて目は一切笑っていなかった。こちらを品定めするような目線はとても不快だったが、下手に動いてはいけないと本能が判断した。


 貴族派に所属する者は多くは、頭の弱い欲まみれの人間が多い。

 しかしこの男、サルバドールには貴族らしい品とその場を圧倒させる雰囲気を持っている。その上宰相という肩書なだけあって、しっかりと切れ者だ。

 

 貫禄のある顔立ちはそれだけで相手を萎縮させ、髭とシワがより一層圧を与えていた。


「コルク子爵の件でも世話になったと聞いたよ」

「……依頼を遂行したまでです」


 この者には必要以上の会話をしてはいけない。気を抜けば足をすくわれるから。


「ははっ、謙遜するとは。やはり他の暗殺者とは格が違うようだね」

「……恐れ入ります」

(心にもないことを……)


 無表情かつ、感情のない声で淡々と答える。サルバドールに振りまく愛嬌など、私には持ち合わせていない。


「……本日はどのようなご依頼でしょうか」

「察しまで良いとは。本当に優秀な暗殺者のようだ」

「恐れ入ります」


 サルバドールの機嫌取りをしたい訳ではないか、損ねれば自分の首が飛ぶと判断した。


「ロザク。君はコルク子爵を殺してくれた。あの目障りなヴォルティスの力をな」

「……」

「今度は、そのヴォルティスを……英雄侯爵自体を殺してほしい」

(!!)


 その瞬間、内心に動揺が走った。


(……愚かにも程がある)


 英雄侯爵は王家派の頭であり、何よりも戦争の功労者だ。その彼を殺す依頼など、普通なら考えない。


(殺してほしい、なんて優しく微笑んでるが、目は一切笑ってない。あれは、殺れという命令だ)


 サルバドールの圧はそれほどまでに強いものだった。


(私が殺したいのは王家派の頭ではなく、貴族派の頭だ。……今殺すか? ここでーー)


 自分の中で生まれた黒い感情に、呑み込まれそうになっていく。


「オブタリア公爵様。それは」

「何だギレルモ。異論があると?」

「……いえ」

(駄目だ……今はその時じゃない)


 ギレルモの声にはっと我を取り戻すと、黒い感情を振り払った。そして、サルバドールがこちらに視線を戻した。それに合わせて、少し頭を下げた。


「……最善を尽くします」

「期待しているよ」


 にこりと笑みを浮かべるサルバドールだが、まだ言いたいことがあるようだった。


「是非とも侯爵の首と死体を持ってきてくれ」

「……ご確認されるとのことですね」

(もしや今までの偽装を知って……いや。情報が洩れる理由がない)


 冷やりと汗が背筋を垂れていくのがわかったが、サルバドールの笑みからは追及するような様子は見られなかった。


「もちろんだとも。……奴の最後は私が見届けよう」

「承知しました」


 満足のいく回答を得られたサルバドールは、ゆっくりと立ち上がって帰っていった。


 部屋に残ったギレルモは、足音が遠ざかるのを確認してから口を開いた。


「今回の英雄侯爵の暗殺だが、今までとは訳が違う」

「……だろうな」

「今回の暗殺は、既に何人もの暗殺者が挑んで失敗している」

「何人もの」

「あぁ。うちも稼ぎ頭を失うわけにはいかないからな」

(……最近ここで人を見かけなくなったのはそういうことか)

 

 ギレルモの話では、組織の暗殺者はほとんど返り討ちに合い重症または命を落としたという。


 英雄侯爵の強さを知っているからこそ、今回私に依頼が回ってくるのが遅くなったようだ。しかし、今回サルバドール本人が自ら足を運んだことにより、ギレルモも腹を括るしかなかったと言う。


「それほどまでにヴォルティス侯爵の腕は立つ。……これを持っていけ。運良く生還した暗殺者によって作られた記録だ」

「……あぁ」


 ギレルモから渡された情報を手に、ルゼフの待つ紅茶店に急ぐのだった。




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