第3話 ロザクの暗殺事情
同日夜、暗殺依頼を遂行するためにコルク子爵の屋敷を訪れた。
無駄な戦闘は好まない上にリスクを伴う為、護衛の目を避けてコルク子爵のいる部屋を目指した。
(異世界で、潜入捜査官のスキルが生きるとは思わなかった)
過去の人生、日本で小説や漫画を通して異世界転生に触れたことがある身としては、もっと華やかな人生を期待していた日もあった。残念なことに、孤児だとわかった瞬間期待は吹き飛んだ。
記憶が引き継がれたため、技術は覚えている。恐らく暗殺者の中でも、気配を消すのは誰よりも上手いはずだ。今回も誰にも気が付かれない内に子爵と机越しに対面することができた。
「お邪魔します」
「だ、誰だ!?」
仕事中のコルク子爵の前に、消していた気配を出して挨拶始める。
「貴方の暗殺依頼を受けた暗殺者です。……ロザクという名をご存知ですか」
「ロ、ロザクだと……!」
丁寧な挨拶をすれば、基本的に標的は青ざめる。当然だ。殺されるとわかって笑う者など珍しいのだから。コルク子爵も例外でなく、怒りか恐怖かで持っているペンをさらに力強く握りしめた。
(こんな夜遅くまで仕事をしていたのか)
机の上には書類が積み上げられて整理されており、コルク子爵の疲労を表しているようにも見えた。
「何故私に……あまりにも早すぎる」
暗殺者が今日来たことが信じられないという様子のコルク子爵だが、依頼自体には覚えがあるようだった。
(……コルク子爵は王家派。貴族派が牽制のために依頼したとスティーブが言ってたな)
もう何度も見てきた光景に、私は静かにため息をついた。
コルク子爵は徐々に青ざめていきながら、私の方を見つめた。そして心の底から切実な思いを吐露した。
「殺さないでくれ……」
「はい、殺しませんよ」
「…………え?」
私の答えに表情が一変するコルク子爵。緊迫した表情は、一瞬できょとんとしたものへ変わった。
「い、今何と」
「殺さないと。そう言いました」
意味がわからない、という顔をするコルク子爵に私が続ける。
「少なくとも私は、ですが」
「それは」
「私が殺さないだけで、今後命が狙われることは間違いありません。そうなれば、次は確実に仕留められるでしょう」
「くっ……」
金さえあればどうとでもなる、こう考えている奴らのことだ。気にくわないことは、どんな手を使ってでも遂行させる性質を持っている。
「なので私は暗殺ではなく、提案をしに来ました」
「て、提案?」
「主な案は二つです。一つ目、姿も名前も変えてこの国で息を殺すように過ごすか。二つ目、他国に逃げるか。他にも選択肢はありますが、この二つが主流です」
「ま、待ってくれ! 本当に生かしてくれるのか?」
私が始めた案内に対し、動揺しながらこちらを見つめるコルク子爵。私は視線をそらすことなく、こくりと頷いた。
「えぇ、殺すことはありません。尚且つ、どちらかの案を受け入れてくださるととても助かります」
「どうしてそこまで……いや。私は、殺す価値さえないと言うのか?」
(おぉ、どうしてそんな悲観的な発想になったんだ)
飛躍とまで言える思考の変わり具合に驚きながら、私は首を振った。
「違います。むしろ真逆ですね」
「ま、真逆?」
「優秀だからこそ、こんなところで死んでほしくないのです。私は依頼主にあまりよい感情を持ってませんので」
「!」
それは暗に、王家派を支持することを意味していた。
貴族派が生み出す政治は、私利私欲にまみれていた。決して国のためにも、民のためにもならない悪政。それを助長させるのが、貴族派による暗殺だった。
いつか貴族派を潰すためには、王家派を殺してはいけない。潰れた後に国を取り仕切る存在が必要だから。
この考えの元に、私は殺さない暗殺を五年以上も続けていた。
「コルク子爵。貴方がもし、王家派として貢献したい気持ちが強いのなら、一つ目をおすすめします」
「!!」
もちろん、安全を一番に考えれば他国への亡命の方がいい。しかし、王家派と名乗る者であれば、貴族派への揺るぎない想いがあるはずだ。
じっとコルク子爵を眺めていれば、子爵は決意したように答えを出した。
「……国内で全てを変えてひっそり生きようと思います。お救いいただいた命、忘れはしません」
「わかりました。ですが、あまり恩に感じることはありませんよ。私は結局、どこまでいっても裏社会の人間で、暗殺者ですから」
小さく微笑むものの、口にかかったマスクによってそれがコルク子爵に伝わることはなかった。
三十分後、コルク子爵邸にルゼフとスティーブがやって来た。二人はコルク子爵に代わる偽装死体を持っていた。
「……よくできてるな。さすがルゼフ」
「スティーブさん経由で似顔絵を見せてもらいましたけど、似てます?」
「あぁ、よく似てる」
「ならよかった」
死体を設置するルゼフと一緒に顔の確認をした。
「ここから先、回収まではいつも通り私が請け負おう」
「お願いします」
「頼んだ」
暗殺ということになるので、死体処理が必須になる。ハルラシオン王国では埋葬が基本的なので、ここから先はスティーブによって処理される。コルク子爵にも当然協力を仰ぎ、屋敷で最も信用できる者に手伝ってもらう手筈だ。
「で、ロザクさん。また依頼主には死体を見せないんですか?」
「あぁ。必要ないらしい。信頼されているのか、興味がないのかはわからないが」
「そんなものは決まっている。後者だよ」
貴族派のほとんどは、欲にまみれた上に無駄に高貴さを大事にしている。スティーブ曰く“自分達が死体を見るだなんてあり得ない”、“汚らわしいものを持ってくるな”と言うのが彼らの心情だと言う。
その癖、暗殺は依頼するのだ。本当に良いご身分だ。
「まぁ、我々にとっては好都合だよ。無駄に悪事を重ねてくれるのは。……自分の首を絞めていることにも気が付かずにね」
軽蔑するような声色でスティーブは言い切った。
悪は必ずいつか制裁される、だなんて期待するほど心に余裕はない。
必ず制裁してやる。この一心で、私は組織を抜けずに王家派を逃がし続けているのだ。
(……人の命の重さも知らない愚者こそ、この国から退場すべきだ)
偽装死体を設置し終えると、私の仕事は終了するのだった。
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