第2話 高潔な医者


「言ったなぁ、そんなこと」

「過去にも一度だけですね。あんなお誘いをされたのは」


 そう語るルゼフだが、口元はどこか嬉しそうだった。


「宰相が好き勝手にやるせいで、俺はとんだとばっちりを食らいましたよ」

「そうだな……」


 根からの悪である宰相が、毎回気に入らない奴を秘密裏に処理しようとするため、暗殺者への依頼が増えていた。

 これが悪習と化し、今では“金さえあれば人を殺せる”と信じて疑わない愚かな貴族ができあがってしまった。


 その悪習に巻き込まれたのがルゼフだった。


 ルゼフは、王国一と名高い芸術家だった。陶芸や彫刻はもちろん、絵画までできる彼は芸術に愛された男とも呼ばれていた。しかし、それをよく思わなかったのが所謂二番手の芸術家だった。 


 残酷なことにルゼフは平民で男は貴族。金はたんまりともっていた。ルゼフを殺せば自分が一番になれると判断した男は、愚かにも闇組織に暗殺依頼をしてしまった。


 結果、ルゼフの暗殺を私が遂行したことになっているのだが、実際は死んだフリをしているだけのである。死んだことになっているルゼフは、その名で作品は出すことは叶わなくなってしまった。


 この依頼において、唯一救いだったのは依頼者が阿呆であったこと。

 彼に死を確認させようとルゼフの頭という芸術作品を持っていけば「死んだのならそれで良い!! 汚らしいものを見せるな!」と言って確認もしなかったのだ。


 初仕事である暗殺者に、偉く信頼を置いてくれる素晴らしい二番手だった。それにより、ルゼフは生き延びることができている。


「まぁ、おかげさまで今が凄く楽しいですから」

「……そうか」

「何ですかその残念そうなものを見る目は。俺は顔しか作ってませんよ」

「あぁ、そうだったな」


 苦笑いを浮かべた瞬間、カランコロンと店の扉が開く音がした。


「おや、ルゼフ君だけかと思えばロザク君までいるとは。……依頼が入ったようだね」

「いらっしゃいスティーブさん。今お茶を用意します」


 そう立ち上がるルゼフと入れ替わるように、スティーブは私の隣に腰を掛けた。


 すらりとした体型に、健康そうな肌と顔色ははさすが医者と関心させられる。眼鏡がかかった姿からは博識な印象を受けるものだ。


「おはよう、スティーブ。あぁ、依頼が来た」

「なるほど。拝見するよ」


 手にしたトランクをテーブルの上に置いた。手袋をした手で依頼書に目を通しと、大きなため息を吐いた。


「コルク子爵……彼はヴォルティス侯爵の片腕の補佐じゃないか」

「ヴォルティス侯爵……どこかで聞いた名だな」


 貴族の情報に詳しいのは、スティーブ自身も貴族であるから。彼は裏社会と繋がりのあるネルソン伯爵家の次男なのだ。


 そして彼も尚、暗殺依頼の標的になった男であった。私にとってはルゼフの次に受けた、二番目の依頼だった。


 依頼者はスティーブの兄である伯爵家の長男。どうやら伯爵家では後継者はスティーブに決まっていたようで、長男はそれを覆すために家の金を持ち出して依頼をしに来たのが流れだった。


 当然、殺すことができない私はスティーブに暗殺とは名ばかりの交渉を設けた。


(あの日こそ、死んだフリしないか? が真っ先に口から出た言葉のはず。……拒否されたが)


 交渉の結果、スティーブの手によって長男が処理され、依頼者死亡により暗殺が無効となったのだった。


 コトンとカップを置く音がした。


「どうぞ、スティーブさん」

「ありがとう」

「さっきの話ですけど、ヴォルティス侯爵って英雄侯爵様ですよね?」


 ルゼフがスティーブへの紅茶を持ってくると同時に着席すると、私達の今回の依頼に関する話が本格化した。


「あぁ。侯爵は優秀な人材だ。彼がいなければこの国はとうに滅んでいる」

「確か、アシュフォード様でしたよね。昨年戦争を終結させて戻って来たという」

「戦争の功労者といって間違いない。何せ、敵国の軍隊一つを一人で壊滅させたようだからな」

「まさに英雄、ですね」


 二人の会話に耳を傾けながら、私にも出された紅茶を飲んでいた。


「だからこそ殺してはならない。片腕でともなれば、侯爵にとって重要な人物だからな……最も。そうでなくても、ロザク君との約束通り殺しではなく、死体偽装を補助するのが私の仕事だが」


 くいっと眼鏡をあげるスティーブの言葉に頷いた。

 私達があの日行った交渉というのが、今回命を狙わない代わりに、医者である彼に死体を提供してもらえないかという相談だった。


 スティーブは裏社会では有名な医者の家系であったため、この話を持ちかけた。臓器売買もしているという噂があったため、ダメ元で聞いてみたのだ。


 すると、返ってきた答えは「面白い。私もこの国にはびこる思想は受け付けないものでね。その思想を助長させる裏社会も気に入らない。それに一矢報いることができるのなら、喜んで引き受けよう」というものだった。


 スティーブ曰く、自分が好意的に動くのは私が何よりも命の恩人だからという点が大きいらしい。だが、彼の場合は裏社会が気に入らないというのが本心だと踏んでいる。


「ルゼフ君。店の裏にいくつか死体を持ってきた。今回に使える者を後で確認してくれ」

「いつもお世話になります」

「当然のことをしているまでだ」


 芸術家のルゼフが標的の顔を作り、医者であるスティーブが標的に近い死体を用意し、私が標的と交渉をする。


 この三つがあることで、殺さない暗殺者ロザクが誕生するのだ。


 

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