第4話

 一歩一歩、ヘラヘラと笑いながら蛇窟が近づいてくる。


(こいつが、こいつらの理不尽な暴力が真面目に生きている者たちを傷つける。理不尽な暴力を打ち破るものはもはや暴力しかない)

 頭ではなく心がそう思った。

 源太は拳を固く握る。その太い腕に血管が浮き出し、マグマのような熱気が全身を駆け巡る。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 雄叫びを上げながら蛇窟に向かって走り出す。

 そして、ぶつからんとするほどに接近したギリギリの位置で左足を強く踏み込み、体を捻って右の拳を思い切り後方へ引く。

 その体制から右足で大地を蹴って反動をつけると、力強く上半身を回転させて自分の思いを乗せた拳を憎い相手に向かって叩き込む。


「これが僕の本気だ!」


(あのガタイ、少し警戒したが、こいつはまるで素人だ。こんなテレフォンパンチが通じると思っているのか?両腕で確実にブロッキングして、ローキックで崩す。それからどうやって痛めつけてやろうか?)

 蛇窟は体の前に固めた両腕を差し出し、源太の渾身の一撃を難なく受け止める。


 ミシ……ミシミシ


「ぐえぇぇぇぇ!」


 蛇窟の耳には確かに骨にヒビが入る音が聞こえた。その瞬間、両腕がしびれて機能しなくなる。

(まるで車がぶつかったような衝撃。こんな圧力、防げるわけがなかった)

 想像だにしなかった衝撃に神経がバグを起こし、体が硬直して身動きすら取れなくなる。


「うわあぁぁぁぁぁ!」


 興奮冷めやらぬ源太は蛇窟の体を掴んで、低く積まれた運搬用のパレットに投げ飛ばす。技など何もない。ただ力のみで投げ飛ばしたのだ。

 派手な音を立てパレットは崩壊し、蛇窟は力なくズルズルとその場に崩れ落ちる。

 間髪入れずに走り込んだ源太は、馬乗りになって胸ぐらを掴み、持ち上げては二度、三度と地面に叩きつける。


(ぐえぇ! こいつは……こいつは喧嘩の素人だからこそ状況が分からないんだ。とっくに勝負が付いている事も。この俺の状態も。こ、殺される……)

 己の生命危機を感じ取った蛇窟は、今までの極道人生で感じたどんな恐怖よりも強烈な恐怖心を抱いた。

 拳をもう一度強く握りしめた源太は、蛇窟の顔面を見据え、そこに振り降ろすべく準備に入る。


「そこまでだ!」


 黙って闘争を見守っていた鵜田島が動いていた。源太の腕を掴み、体全体で制止する。


「てめえの勝ちだ。それ以上やると死んじまうぞ。この恥さらしがどうなっても構わしねえが、そうなりゃ、流石に俺達でも隠しきれねえぜ」

「はあはあ……勝った? 僕は勝ったのか?」


 源太は興奮した自分を落ち着かせようと、何度も深呼吸を繰り返す。

 それを見た鵜田島は、源太の体を離して立ち上がり、力なく転がる蛇窟を見下ろした。


「ここまで生物としての力の差を見せつけられたんだ。こいつも、もうお前らを追う事はしないだろう。そこで提案がある」

「提案……ですか?」

「俺達も蛇窟のせいでカタギに負けたと組が笑われるわけにはいかないんでね。他言無用! それさえ守れればお前らにはもう関わらない。その女の借金もチャラにしてやろう。もっとも元金はとっくに回収しているしな。俺は役職持ちだから発言力はあるぜ」

「ほ、本当ですか? 流石にヤクザでも幹部になると一本筋の通ってる人がいるんだな。絶対人には話さないので彼女を開放してあげて下さい!」


 鵜田島が指で合図をすると舎弟たちは紬を開放した。


「日吉さん!」


 紬は源太に抱きついて涙を流す。それは開放された安堵からくるものではなく、守ってくれた源太に対する想いだった。


「行こう、石渡さん」


 二人で支え合うようにしながら去っていく。その背中を見て鵜田島は思った。

(筋が通っているだと?全く甘いやつだ。クズはクズ。昔から筋の通ったヤクザなんかいねぇよ。

 俺が手打ちにしたのは敵わないからだ。俺でも、あの化け物みたいな怪力には歯が立たない。そうすると今まで作ってきた伝説も何もかもがぶっ壊れちまう。

 だから俺のメンツを立たせるためにそうしたんだ。ああいうマジメなやつは怒らせると一番怖い。もうかかわらねえ方がいいだろう)

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