第3話

 指定暴力団 関東TK会事務所


 事務所の奥でスキンヘッドの厳つい男が机に足を乗せたまま煙草をふかしている。その筋の人間には武闘派で知られる若頭補佐の鵜田島うだじま光之助こうのすけだ。


「よお蛇窟、てめえ下手こいたそうじゃねぇか」

「とんでもない兄貴、こっちは身元も掴んでるんで」


 蛇窟は写真入りの入館証をピラピラと振り、片側の口角だけを上げてほくそ笑む。


「日吉源太君。今からどうやって料理してやろうか考えているところでして」

「てめえの金策の上手さには一目置いているが、ヤクザはなめられたら終わりだ。きっちりサシで勝負つけろよ」

「もちろんですよ。昔、格闘技をかじってたんで、兄貴ほどではないですが自分もこっちにはちょっと自信がありますんで」


 蛇窟は両の拳を顔の前に上げ、キックボクシングのような構えを見せた。



 生姜焼き弁当をたいらげた源太は、ソファーに緩く腰掛け、カップのカフェオレを片手にスマートフォンをチェックする。いつもの休日のスタイルだ。

 早速、紬のメッセージが入っているのを見つけて心を踊らせる。だがその文面は想像とは違うものだった。


「たすけて」


 その言葉だけだった。それから直ぐに、倉庫の写真とその住所がメッセージとして送られてきた。

 何かがおかしい。直感でそれは分かった。だが、紬のスマートフォンから送られてきたのは確かだ。

(これはやつらの罠かもしれない。でも、紬ちゃんが囚われているなら僕は行くしかない)

 源太はいても立ってもいられずにアパートを飛び出した。



 高速の高架道路沿いにある小規模な貸倉庫。ここは関東TK会のしのぎのひとつだ。

 3人の組員に囲まれた石渡紬は恐怖に体を震わせていた。それを蛇窟と鵜田島が楽しそうに眺める。


「お嬢ちゃんよぉ、借りた金は返さなきゃダメだろ。警察なんて行って借金を踏み倒そうって魂胆はいけないねぇ。源太君に入れ知恵でもされたのかい?」

「あの人は関係ありません!」

「まあ、源太君に借金を肩代わりしてもらってもいいんだぜ、こっちは。それか、お嬢ちゃんに裏のお店で稼いでもらうかしかないけどねぇ。いひひひひ」

「蛇窟の兄貴、あいつ本当に来ますかね?」


 舎弟の一人が蛇窟の咥えたタバコに火をつける。


「来てもらわなきゃ面白くねぇんだよ。まあ、体がデカくてそれなりに自信はあるだろうから、来ると踏んでるぜ。メッセージのやり取り見ると確実に惚れてるしな。あいつの前でお嬢ちゃんにケジメ付けさせるのが今から楽しみだ」


 ちょうどその時、けたたましい音を立て、倉庫の正面シャッターが開けられた。

 蛇窟は現れた大男を見て、口元を緩ませ立ち上がった。


「日吉さん逃げて下さい! あのメッセージは私じゃありません!」


 二人の男に両腕を掴まれながらも、紬は懸命に声をあげる。

 この瞬間、源太の中で何かが切れた。

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