元旦に、片思い中の幼馴染からどぶさらいを命じられたのだが
新 星緒
住宅街の道路で
スコップで泥をすくい、アスファルトの上に落とす。伸ばすように平らにしながら目をこらす。タバコやビニールが混じっているが、それだけ。また、ない。
ため息をつくと、となりでよたよたしながらどぶさらいをしている幼馴染の
「本当にここに落としたのかよ」
「うん」
「全然ねえじゃん」
愛香里やオレの家の前に続く、古い住宅街の細道。
その脇にある排水溝に大切なものを落としたからどぶさらいを手伝えと愛香里が言ってきたのは、三十分ほど前だ。
んなことを急に言われても、さらうための道具なんてないからホームセンターに走って雪かき用のスコップをふたつ買ってきた。オレが。もらったばかりのお年玉で。おかしくねえか。
「なんで元旦からこんなことをしなくちゃなんねえんだよ。のんびりモチを食ってたのに」
「
「……まあな」
まじか。覚えてくれてるのか。
こんな些細なことでも嬉しくなっちまう。惚れた弱みってヤツだな。ああ、オレって健気。
「一年のケイは元旦にあり、だよ永翔。元旦から徳を積めば、絶対にいい年になるから、がんばれ」
そう言いながら愛香里がスコップに乗せたドロを落とそうとして、よろけた。
「アブねっ!」
手にしていたスコップを投げ出し、愛香里を支える。
「……ども」
助けられたのが悔しかったのか、愛香里は素っ気なく礼を言うとそそくさとオレから離れた。
なんだよ。ちょっとくらい可愛げをみせてくれたって、いいじゃん。
ま、昔は愛香里のほうがデカくて頼り甲斐もあったからな。高校に入ったころに背も体力も腕力も逆転したから、悔しいんだろう。
負けず嫌いな愛香里らしいし、そんなところも可愛いんだよな。
とにかくも、どぶさらい続行だ。
ここはもうなさそうだから、となりのフタを外す。コンクリ製なのか、結構重い。だから愛香里は持ち上げられなくて、オレに泣きついてきたらしい。
落とし物は2センチくらいの小物で、それが幅3センチ程度のフタの隙間に入っちまったとか。
ある意味奇跡的な確率じゃね? しかも新年早々に。
「ていうかさ」新しい場所にスコップを入れながら、言う。「『一年の計は元旦にあり』って、そういう意味じゃねえだろ。ちゃんと計画しろよってことだよ」
「そうなの? スタートを良くするといい一年になるって意味だと思っていた」
「ま、今年一年、愛香里はオレに頭が上がらなくなったってことでは、いいスタートか」
「マウント反対!」
「いや、マウントじゃねえし」
「でもさ永翔、元旦に家でお餅を食べてるってさみしくない? 初詣に一緒に行くカノジョはいないの?」
ちらりと愛香里を見る。オレに背を向けている。
「知ってるだろ、いねえよ、悪いか。でももう初詣は行ったぞ」
と、中学の同級生の名前をあげる。向こうの成人した兄貴と一緒に二年参りをしてきたのだ。
小学校の中学年くらいまでは、うちと愛香里んちの合同で近くの神社に行っていた。母親たちの仲がいいのだ。
だが高学年になると、女子の家族と一緒の初詣なんて恥ずかしくて、オレだけ行かなくなってしまった。
「愛香里こそ」
「私は明日、女バレの子たちと」
「ふうん」
部活仲間とか。ほっとしながら、新しくまいたドロを探る。
「永翔、こっちのフタを外して」
「了解」
オレはスコップを置いて、愛香里の示したフタに手をかける。
ちらりと彼女の顔を見ると、祈るような表情をしていた。
だが落としたという場所からはだいぶ離れている。みつかる可能性は低いだろう。でも、あってほしい。
オレも祈るような気持ちでフタを外した。
と、小さいピンク色のなにかが目に入った。
「あった!」
叫んだ愛香里がすばやくかがんで、それをつまみ上げた。
「よかった~~!」
「素手って。おい、洗えよ!」
アウターのポケットから、用意しておいた水のペットボトルを取り出す。
「いいよ、家で洗うから」
「でも手だって。とりあえず」
フタを開けて愛香里に傾ける。
彼女は不満げに口を引き結んだが、てのひらにそれを乗せて俺に差し出した。
汚れた指先とピンクの小物に水をかける。
――あれ。これって。
「オレがあげたお守り?」
愛香里のてのひらに乗っていたのは、桜の花の形をしたお守りだった。
これと同じものを愛香里にあげたことがある。小一のときだ。熱を出して一緒に初詣に行けなかった愛香里に、オレがお年玉で買っていった。
愛香里はすごく気に入ってくれたらしくて、その年はずっと筆箱につけていた。
「ち、違うよ、これは今年買ったやつ!」
「だよな、九年も前だもんな」
でも。愛香里は真っ赤な顔をして目をそらしている。
あれ?
「ふ、フタ、戻そうよ。早く帰ってお汁粉を食べるんだから」
「雑煮じゃないのかよ。ていうか――」
道路に点々と置かれたフタを見る。その数――いや、数えるのはやめよう。これをひとりで一気に戻すのか。ツライぜ。
とりあえず手近のフタを、よいしょと持ち上げる。
「やっぱさ、これだけ他人のためにがんばったんだから、相当な徳をつんだよな。今年はいいことがあると信じたい」
「うんうん、あるよ。がんばれ永翔」
そう言いながら、フタを持ち上げられない愛香里が引きずって戻そうとしている。
「いいよ、やるから。へたして怪我したり壊したりしたらマズイ」
「じゃあ、終わったらコンビニで肉まん買ってあげる」
「重労働の対価が肉まんひとつかよ! チキンもつけろ」
「わかった、さらにコーラもつけよう」
やったね、これでコンビニデートができる。
本来なら愛香里に会える予定はなかったんだから、ラッキーだよな。明日筋肉痛になりそうな予感はするが、一年のスタートとしては、めっちゃ良い。
それに愛香里のあの反応。
――ていうか。
フタを戻す手を止める。
二年参りをしてきた神社は、昔、愛香里たちと行っていたところだ。
お守りはだいぶガッツリ見た。恋愛成就のものがほしかったんだが、それ系はどれもこれも可愛らしくて男のオレが買うのは気が引けた。だから見逃しがないか、しっかり探したんだよ。結局可愛らしいヤツを買ったけど。
愛香里を見る。
「そのタイプのお守り、もう売ってねえぞ」
「っ!」
愛香里が真っ赤な顔をそらす。
「やっぱ、オレがあげたヤツか」
「い、いいじゃん別に。可愛くて気に入っているの!」
これってさ、アレだよな。
違うかな。
違ったら、全オレが泣くぞ。
立ち直れないぞ。
だが今行かなくてどうする。
このタイミングで行けなかったら、オレ、一生行けないよな。
ゴクリとツバを飲み込む。
バクバクしている鼓動は無視だ。
「あのさ、愛香里。お守りを大切にしてくれてて、嬉しい」
愛香里がオレを見る。真っ赤な顔だ。
「……うん」
「愛香里を好きだ。つきあえたら幸せなんだけど、どうかな」
「わ、私も。永翔が好き」
まじか!
やったあ!
こんなにうまくいくなんて、嘘みたいだ。
「信じられないな」とはにかみ顔の愛香里。めちゃくちゃに可愛いぞ。「からかっていないよね?」
「それはオレのセリフ」
「私のことなんて、幼馴染としか思っていないと思ってた」
「オレのことなんて、幼馴染としてしか見ていないと思ってた」
愛香里とオレの言葉が重なる。
お互いみつめあい、ふはっと吹き出し笑う。
「待ってろ、すぐに片づける!」
「私はスコップを置いてくる!」
オレも愛香里も俄然張り切った。
あっという間に片付けが終わる。
「じゃ、コンビニに行こうか」と愛香里。
「いや、その前に神社に行きたい。お礼参りをしねえと」
「お礼参り?」と不思議そうに訊き返す愛香里。
「ああ。今年の願いが爆速で叶ったから、その礼」
愛香里は首をかしげて、考えている。
それから、はっとした顔でオレを見た。
「もしかして、私?」
「秘密」
「なにそれ。思わせぶり、反対!」
愛香里が笑いながら、猫パンチをオレの腕に決める。
可愛すぎてめまいがしそうだ。
今年はほんと、人生で一番いい一年になりそうだ。
元旦に、片思い中の幼馴染からどぶさらいを命じられたのだが 新 星緒 @nbtv
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