第20話 南郷軍と那珂軍

 五輪塔中学校体育館で、2.3メートル四方の演題が合わせて9台作られていた。

合わせて那珂軍の兵が、五輪塔地区に集結しつつあった。

数は8千。

Xデーは、8月1日。

準備は、急ピッチで進められた。



―Xデー、当日―

       

 朝からの晴天で、今日も暑くなりそうな天候だ。

       

「沙羅、きれいだ。まるで花嫁衣装のようだ」

       

沙羅は真っ白な、裾の大きく広がったドレスを着ていた。

       

「いやですわ、お父さまったら。それより、お母さま、お兄さま

は何かおっしゃていましたか」


「うむ、しっかりやれ、期待していると言っていた」


「そう、責任重大ですね」


「うむ、緊張するなあ」


「いやですわ、お父さま・・・・叩いてあげましょうか」


「叩くって?」


「緊張が解れます」


「そうなのか、では頼むか」


沙羅は”バチッ!”っと、強烈なビンタを国王に見舞った。

国王はたたらを踏んで、膝を折った。


「痛い!、沙羅、お前、何てえことを・・・・」


「緊張が解れました?」


 

 午前6時、那珂軍渡河開始。

5千の兵が隊列を乱さず渡河を始めた。3千の兵は、そのまま待機。目的は知らされいていないが、今日という日が相当に重要な日だろうとの認識がなされていた。

異常な軍隊行動。国王の臨席。指導部の緊張ぶり。軍全体が緊張に包まれていた。

軍隊の後には国王と沙羅が舟で、その後を30数名の随行員が徒(かち)で従っていた。


 

 渡河したところから整列、行進して行く。

南郷の大広場には、すでに横いっぱいに広がった隊列を組んだ南郷兵士が居並んでいた。

対峙する両軍。

ピリピリとした緊張感が漂う中、那珂軍の後ろから隊列を割って工作部隊が、前面に出て来た。

持参の演台を繋ぎ合わせ、約7メートル四方の演台が出来た。

その上に、白い布を被せられたピアノが据えられた。

遠くで、アブラゼミがジジジジと鳴いている。


 

「前へ、前進―!」


「一歩前進ー!」


双方の軍隊に指示が出、ザザッと動いた。


「一歩前進―!」


「一歩前進―!」


両軍は5メートルを空けて対峙した。指呼の距離だ。否が応でも緊張がはしる。



 その両軍が対峙する真ん中に演台が進み、据えられた。

その演台に、国王と沙羅が登壇した。国王がマイクを取った。


「諸君、私は那珂国の国王鈴木従道つぐみちです。諸君にプレゼントがあります。ピアノ曲です。この曲が祝福の曲になるか、それとも弔いの曲になるかは、諸君の心次第です。

まずは、座ってもらおうかな。楽な姿勢で」


両軍は意外な展開に戸惑いつつも、ザザザッと地面に座り込んだ。


「では沙羅・・・・」


「はい」


ピアノに掛けられていた白い布は、四隅を長い棒に引っ掛けられ簡易の陽除けとなった。兵士が長い棒を支え持っている。

真っ白なドレスを着た沙羅は、四方にドレスの裾を持って挨拶して回った。


「鈴木沙羅です。私の拙いピアノですが、誠意を持って一生懸命に弾きます。曲はベートーヴェンの『月光』です」


沙羅がピアノの前に座った。


 ”ダッダダン!”と強烈な打鍵音が響いた。

しばしの静寂の後、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ『月光』が始まった。


第一楽章 アダージョ・ソステヌート

 野外の陽光が降り注ぐ中、ゆっくりと息の長い旋律が流れる。その間に、絶え間なくさらさらと流れる3連音符のハーモニー。兵士たちは、息を殺して聞き入った。


第二楽章 アレグレット

 軽やかな曲調となった。

兵士たちに、ホッとした空気が流れる。

 

第三楽章 プレスト・アジタート

曲調がガラリと変わり音が奔流のように流れ出す。時に怒涛のように襲いくる打鍵の衝撃波。

めくるめく音の奔流に、兵士たちの心は奪われた。

今は、ジジジジと鳴いていたセミも遠のいたようだ。

短いようで長い、長いようで短い時間はあっという間に過ぎ去り、後は”バ~ン”という余韻だけが残っていた。


        

兵士たちは、呆然と言葉も無い。

一泊遅れて、盛大な拍手と歓声が満ち満ちた。ほとんどの兵士が 立ち上がっていた。


綾がタオルと水を持って登壇した。沙羅は四方にドレスの裾を摘み挨拶していた。

汗を拭い、水分を補給する沙羅を綾が団扇であおいでいた。しばしのクールダウン。

沙羅は、下がろうとする綾の袖を引いた。

       

「司会を」

       

「え~」

       

綾にマイクが渡された。

       

「え~今日はお日柄も良く、お暑い中お集りいただき」

       

「違う」


「えっ!」


「上がるタマじゃないでしょうが・・・・」


「沙羅さまこそ、そんなきれいなドレス着ちゃって~、どこかの王女さまみたい」


「私、王女なの」


「え~」


「そんな小芝居はいいから、曲紹介」


あちこちから失笑がもれ、全体の緊張感がほぐれてきた。


「次は同じくベートーヴェンの『エリーゼのために』」


綾が沙羅を見た。沙羅が頷く。


「です」



 曲が終わると、南郷兵、那珂国兵ともに立ち上がり、盛大な拍手と歓声が沸き上がった。沸騰する雄叫びのような歓声が響いた。

再び国王が登壇した。


「ワシは和平を望む、あなた方はどうかね」


「うおおおおー!」と、地鳴りのような歓声が沸き上がった。

国王は南郷の指導部署を見た。ほとんどの者が頷くのを確認した。


「よろしい。大いによろしい。それでは、我々は和平協定文書の策定に入ろうと思う。

諸君は武器を収めて撤退、解散してくれ。今日は、お祝いの日だ。各々、家に帰り祝杯をあげるがいい。好きなだけ飲め」


再び「うおおおおー!」と歓声が上がった。

兵士たちは武器を収め、互いの手を取り、抱き合い、お祝いを言い、国王を褒め称え、沙羅王女を褒め称え、別れを言い、それぞれの家路についた。


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