第18話 南郷の雅史

 軟禁状態の雅史は退屈を持て余していた。

ムリにここを破って脱走しても、いい結果になるとも思えないし、やる事もないし、せめて図書館にでも居させてもらえたらと思っても、そんな自由はないし。

無聊ぶりょうかこうこと2日目、やけに謹厳きんげん実直じっちょくそうな、つり目のメガネをかけた女の教官、山村が訪ねて来た。


「田中さん、ここの生徒に剣術を教えてもらえませんか」


「うん、いいよ」


「え~」


 山村教官は、余りの安直な返答に唖然として固まってしまった。南郷とは敵対している那珂国の人間なのだ。この前の戦闘では、多数の南郷兵士を殺しているのだ。

それを・・・・バカなのか、いや、陰謀か、いや、軽薄っぽい、いや、こいつはA特務員なのだ、いや、いや・・・・。


「何か問題でも」


「う~ん」


「条件が一つ」


パッと、山村教官の顔が輝いた。条件を持ち出した。それでこそ、整合性のあるシュチエーションだ。


「何でしょう」


「生徒に歴史を教えたい。歴史の教科を持ちたいんだが、どうですかね」


「う~ん、それは上の者にはかってからでないと」


「そう、ではお願いします」


「はい」


山村教官は、理解不能の人間を避けるように、そそくさと退場した。



 雅史は剣術、槍術の指導官となり、中学3年の歴史担当教師となった。桜井は生真面目な性格から、雅史のような転身が出来ず、室内で腕立て伏せや柔軟体操をしていても、何かしら心のもやもやが晴れず、鬱々うつうつとした日を過ごしていた。

そんな折、食事のご飯の中に小さく折りたたんだ紙片を発見した。紙片を監視員に見つからないように広げてみると『我に策あり、剣術指導者になれ 雅』とあった。

桜井は、紙片をご飯と一緒に飲み込んだ。


「指導教官に会いたい」


桜井は監視員に頼んだ。



「田中先生って何かヘンよね」


「そうよ私なんか、私の攻撃をかわす時わざと身体、チチあたりをこすってけるのよ。わざとだわ。乳首が当たっているもの」


「ヘンタイだわ~」


「私なんか、耳に『ふー』と息を吹きかけられたのよ」


「私は、ケツ、お尻を撫でられた」


「男子には、接触しないのにね」


「その点、桜井教官の方が厳しいけど誠実だわ」


「私の方から、お触りしたいくらい」


生徒たちがおしゃべりしていると、雅史が出て来た。相変わらず監視員が、付かず離れず付いている。


「おらおら、くっちゃべってないで、校庭3周!」


生徒の一人が、意を決して雅史に言った。


「先生、前を走ってもらえませんか。先生の私たちの後ろ姿を見る目つきが、すごくいやらしいんだもの」


「何言ってんだ。君は後ろに目が付いているのか。俺なんか四六時中、あいつ等からケツを見られてんだぜ」


雅史は、監視員を指した。


「気にすることはない。行きなさい」



 会田あいだ双葉ふたばは、父を雅史に殺された一人だ。

剣術訓練のおり、偶然雅史が目の前を通った。

双葉は、「父の仇!」といきなり渾身こんしんの突きを雅史の喉元に繰り出した。だが、難なく外され後ろを取られた。お尻のお触りがくるかと思いきや、背中を『ドン』と突かれ突っ伏した。

『キッ!』と振り向くと、鼻先に竹刀があった。


「未熟者!」


「くっ!」


未熟者とは剣術の技か、それともぺちゃパイ、少年のような体型のことか・・・・。

『バカなことを・・・・』と、双葉はその考えを振り払った。


「今に、一矢いっし報いてやる」と心に誓った。



 次の日の2時間目、歴史の授業。双葉は机の下から拾った風を装って、平べったい包を机に置いた。

『先生へ ♥ 』と書いてある。

定刻に雅史が入って来た。ふと、机の上の物に不審をいだき手に取った。雅史の顔が輝いた。



 物は双葉が苦心して探し出した、スケスケの赤いパンティだ。一応、一晩穿いていていた物だ。



 先生の評判を失墜させるのだ。

雅史はパンティを顔に当て、上を向いて動かない。


「止めてー!」


双葉はいたたまらなくなって、悲鳴を上げた。教室もざわつき始めた。雅史はすっぽりとパンティを被り、目だけ出して笑っていた。

『ヘンタイ仮面に、変身だー』


「きゃー!」


「止めてー」


「ヘンタイー」


「バカヤロー」


「スケベ―」


「何、考えてるんだー」


「それでも教師かー」


「警察を呼べー」


ありとあらゆる怒号と悲鳴が飛び交い、教室は騒然となった。

やがて、監視員から報告を受けた山村教官が入って来て

「どこからこんな物を、ダメです」と、取り上げてしまった。



 先生は、黒板のスミの方で絵とも字ともつかないものを、ずらずらと何やら書いている。

まるで、大好きなオモチャを取り上げられてスネている子供のようだ。


「先生、いじけてないで、早く授業を始めてください」


方々で失笑がもれた。

監視員も、拳を口に当て下を向いてしまった。



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