第16話 柔らかい謀略

 事変後、何事もなく日々は過ぎて行った。

雅史は、3年の歴史担当、筆頭教官としての業務、その中の昇進試験、選抜昇進試験の雑務の煩雑さに日々、夜は定期的に小杉、黒田と『南楽』での会食にと時間に追われたいた。


 

 雅史は、球技場や闘技場の外周のランニングコースを走っていた。桜井も、金魚のフンみたいに付いて行く。

長い梅雨もようやく開けようかという日、久々に晴れて爽快だ。そんな、久慈裏くじり川沿いのコースに差し掛かった時、「ぎゃー!」という悲鳴が聞こえた。

見ると、子供が増水した川でバタバタしながら流れて来る。

雅史は、間髪入れず川に飛び込んだ。


「あ~っ、待ってくださいー」


桜井も飛び込んだ。

その時、上流から薄着をまとった女性が集団で流れて来た。雅史と桜井、子供と薄着の女の集団はもみ合いながら、流れていった。



 事態を目撃した人は、「はて?」とクエスチョンマークしか浮かばなかった。

やがて、救助隊?、捜索隊?が編成され、川の下流に向かったが、ヤブと岩山にはばまれ捜索を断念せざるをえなかった。


 

「あのヘンタイ教官が、南郷のハニートラップ、裸女トラップに引っ掛かったのだ」

とのうわさ話が、皆の間で噂されるようになった。


 事態は極めて深刻であるが、なぜか緊張感に欠けダラダラと日々は流れた。

訓練生、学生のあいだにも、何か心にポッカリと穴の開いたような、何か忘れ物をしているような奇妙な空虚感が漂っていた。


 

―五輪塔地区庁舎、会議室―


 参謀長と沙羅、それにA特務員2号の沢木がいた。


「桜井までが・・・・」


沙羅は浮かぬ顔をしていた。


「で・・・・状況は」


「はい、草からの報告では田中、桜井とも別々に軟禁状態にあるとのことです。今のところ、それ以上の動きはありません」


「いずれにしても、南郷の出方次第だな」


「はい」


「ところで、新たな報告とは?」


「呼んでおります。しばらくお待ちを」


しばらくすると、コンコンとノックがあった。


「水野です」


「入れ」


「五輪塔地区、副司令官、水野逸郎中尉です」


「水野です」


 そうそうたるメンバーが揃っている。水野は緊張して、敬礼した。

沢木は、カバンからA4に拡大した数枚の写真を取り出し、水野の前の机に投げた。写真には不鮮明ながら、水野と南郷の草が写っていた。望遠レンズで撮ったらしい。

水野は愕然として、色を失った。


「どういう事だ」


沢木は、沙羅と参謀長に目配せした。


「それは・・・・」


水野は、悄然と言葉もない。


「軍法会議にかけて、たぶん銃殺だな」


「そういう事になるな」


「妥当な処置と思います」


水野はガクッと膝を折った。


「男の子は大学生か、女の子は高校生、奥さんもいるんだろ。路頭に迷うことになるなあ~。お母さんも健在なんだろ。どうなるかな~、生きていけるかな」


「クッ!」


水野は頭を抱え、嗚咽をもらした。


「立て、水野!」


水野は立ったが、悄然とうなだれたままだ。沢木は、また沙羅と参謀長に目配せした。二人は頷く。


「今は、大事な時だ。もし那珂国のためになる働きがあれば、処分の執行を猶予しても良い」


「はい、申し訳ありません。奴らの甘い言葉に、そそのかされました。やります。那珂国のために働きます。汚名挽回のチャンスをいただけるなら、死ぬ気でやります。お願いします。もう一度、那珂国のために働かせてください」


水野は涙ながらに訴えた。


「良し、では今のところは処分は猶予する」


「はっ、はい。ありがとうございます」


「いずれ、南郷に何らかの動きがあるだろう。それまでは、今まで通り南郷の草と接触してくれ。それから、参謀長が常駐することになる。司令部も、参謀長の指揮下に入ることになる。心得ておくように。報告はミツに」


「はい」


「よろしい。下がってよし」


「はっ、失礼します」


水野は出ていった。


「後は、南郷の出方だな」


「ええ」



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