第13話 突発事態

 一方のソフトボールは、珍しい競技とあって徐々にギャラリーが増えていった。6月末、3Cと3Bの女子の練習試合が組まれた。3Cは知名度抜群の田中雅史先生、それに沙羅王女も居て、かなりの人気チームとなっている。対し、3Bはスーパーヒーロー、ヒロインが居ないかわりに、実直、堅実なチームになっている。


 

 曇天の午前9時、試合開始のサイレン。3B先行で始まった。

試合は一進一退、3C3点3B2点の5回裏。


 

 雅史は異変に気付いた。

騎馬がレフトの沙羅目がけて、駆けて来る。重装備の騎兵らしい。雅史は、とっさにトンボを持つと駆け出した。衛兵の桜井も、気付いて後を追った。騎馬兵は、すでに沙羅の所へ到達し、後続も次々と駆け付けている。

騎馬兵が沙羅ともみ合っているところへ、雅史は割って入った。雅史は、騎馬兵の繰り出す槍をトンボに絡ませ狙いを外し、引っかけて騎馬兵を落馬させた。だが、後続の騎馬兵が雅史を取り囲み、次々と槍を繰り出す。衛兵たちは剣を持っていたが、重装備に槍の騎馬兵には圧倒的に不利だ。

自然と騎馬兵を雅史が引き受け、衛兵たちは沙羅を取り囲む体制となった。ただのトンボだが、使い方次第でけっこうな武器になる。雅史は騎馬兵を引っ掛けては落馬させていた。

その間、味方が駆け付け加勢した。3BコーチのB特務員、山根もいち早く駆け付け敵兵確保に働いた。

試合は中断、もうソフトボールどころではなかった。


 

「司令官を・・・・」


雅史は桜井をつかまえた。


「騎馬と上位者を5名、重装備で。焼夷弾出来るだけ。武器は槍と盾も。第一波の目的は沙羅さまの拉致、第二波が来る前にこちらから行く。準備急げ。司令にも報告。行け」


 雅史はちぎるように命令を下すと、武器倉庫へと駆けた。

桜井は、言われるまま敵の乗馬に乗り馬腹を蹴った。不思議と違和感がない。本来、命令を受ける立場ではないのだが・・・・やはり、A特務員は違う。


 

 雅史と山根と桜井と教官二人。雅史に上位者5名と言われたが、とっさのことで分からない。雅史と山根は当然として、あと3人。教官2人に自分も加えた。雅史は何も言わなかった。

その5人が、久慈裏川を粛々と渡る。

渡り終えると『ウ~ウ~』とサイレンが鳴り、狼煙が上がった。

予定の行動だ。


「一気に行く、容赦するな、突き殺し火をかけろ。行くぞー!」


「おうー!」


目指すは、南郷軍が駐屯しているはずの広場、隣接する兵舎。5騎は一気に駆けた。



 南郷軍は広場で待機していた。予定では、第一軍が無防備で優雅に遊んでいる那珂国の王女沙羅を拉致し帰還。それを追って来るであろう那珂軍を、迎え撃つ。大まかなプランが示されていた。

 

 だが突然、それはやって来た。

疾風はやてのように襲い掛かり、悲鳴が上がり、血煙りが上がり、バタバタと味方が倒れ、火柱が上がった。

いきなりの白兵戦。戦争、戦闘とは、いく段階を経て最終的に白兵戦に至るものと思われていた感がある。その体感を前戦争経験者から聞かされ、教え込まれていた。

だが想定外の敵襲に驚き、恐怖した段階で軍を構成する秩序は吹き飛び、それは軍隊ではなくなった。

悲鳴を上げた軍隊は、ただの烏合の衆となってしまった。

南郷軍の潰走で戦闘は終結した。


 

 屍が累々と横たわり、凄惨な現場となっていた。それにしても、と思う。『素早い判断、果断な処理、勇猛果敢、残虐非道・・・・』これが、あの、へらへらしたした男の所業なのか。人知を超えた、血に飢えた悪魔の所業と思えた。

自身もその所業に加担したのだ。桜井は、今になって震えが止まらなくなった。


「どうした。どこかやられたか」


雅史が声をかけてきた。


「いえ・・・・」


「これが戦争だよ。早い決着が、お互い一番ダメージが少ない」


この男が味方で本当に良かった。もしこれが、敵だったら対処の仕様がないだろう。



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