第10話 鬱を発症

 沢木のプライベートの電話が鳴った。


「はい、お待たせしました。沢木です」


『沙羅です』


「あっ、沙羅さま。お久しぶりです。今、五輪塔地区ですね。田中が何かやらかしましたか」


『そうじゃないんだけど、田中先生のクラスの子が白血病で亡くなってね。塞ぎ込んでいるのよ。それとは別の話しで、田中先生のクラスの女子が私の親衛隊を作りたいと言ってね、先生に剣戟の指導をお願いしたいというのよ。都合を聞きに衛兵を遣ったら、面会謝絶の札があって、家からは何かの楽器の音が聞こえてきたというのよ』


「ああ、それは多分『三味線』だと思います」


『三味線ねえ』


「そうですか、面会謝絶。馬頭琴。沙羅さま、奴は今、うつ状態だと思います。躁鬱そううつ病の鬱の方です。普段は躁状態なんですが、時々鬱に嵌ります。そっとして置いて、もらえませんか。

三味線がブルースから8ビート、8ビートから16ビートになったら、交渉を始めて良いと思います」


『そう、ではそうします。今日は、どうもありがとう』


「どういたしまして、何時でもご用命ください」


『ありがとう』


「はい、失礼をいたします」


 5日後、沙羅付きの衛兵が「話しがあるから、来い」との伝言を伝えた。訓練場の中にある小会議室に出向くと、沙羅を中心に、綾、朱美、井上、渡辺などが居た。


「まあ、掛けて」


「はい、沙羅さま。おおせのままに」


『何なのだろう?セクハラで吊し上げられるのかな』ドキドキするような、ワクワクするような変な期待感があった。


「今日はね、田中先生に相談があってご足労願ったの」


「はい、何でしょう」


「実はね・・・・」


「しっ・・・・」


 雅史は沙羅に「静かに」と言うと引き戸に忍び、ガラリとあけ放った。

聞き耳を立てていた柴田、今井、秋元、加藤などがドドッと倒れこんだ。


「何だね、君たち。女子の会議を覗く何て、ハレンチな行為は慎みたまえ」


「あんたに言われたくねえな・・・・」


「何言ってる。沙羅王女さまが居るんだぞ」


「あっ!」


 全員が威に打たれた。しゃちほこばって姿勢を正すと、「失礼しました」と最上級の礼をした。


「いいのよ。それじゃ、あなた方もイスに掛けて」


「はい」


 沙羅と女子、雅史と男子の合コンみたいな感じになってしまった。男子が妙にテレてるのに、女子の方は何かシラけた感じになっていた。


「お茶は出ないのかな」


「そんな、贅沢な」


「合コンじゃないんだから・・・・」


沙羅が朱美を見た。綾も見た。



「もう、分かりました。僕が用意します」


雅史が財布を出してお金を渡すと、沙羅も割って入ってお金を出した。


「貧乏人にだけ、お金を出させちゃ悪いわ」


「さすが~、太っ腹~」


「まっ、先生、女性に太っ腹なんて・・・・」


「まあ、いいわ。何か食い物を頼んで」


「やった~、これで合コンらしくなる」


「だから合コンじゃないって」


しばらくして購買部から、ジュース類、炭酸飲料、菓子パン、つまみ類が届けられた。




「して、この会議はどういうご用件でしょう」


「私から説明するわ」


組長の綾が説明を始めた。

要は沙羅の親衛隊を作りたいから、その親衛隊の訓練、指導を田中先生に頼みたいということだった。


「女の園に田中先生・・・・危ないんじゃないか~」


「ネコにかつお節だよ」


「馬の首にニンジンだ」


男子がいう危惧も、女子は否定できない。


「う~ん」


意外にも、嬉しい状況のはずの先生が躊躇ためらっていた。



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