第7話 沙羅と綾と朱美
雅史たちが『南楽』を訪れた2日後、その店のテーブル席、カウンター、調理場は異様な緊張感が漂っていた。空気が淀んで、沈んで通夜みたいな雰囲気だった。
通夜の元凶は、沙羅つきの寡黙な衛兵たちだった。
対して、座敷席からは「あははは」「おほほほ」と華やかな笑い声が漏れていた。参加者は、沙羅に綾に朱美だった。
「おかしいと思ったのよ。私を見ても、全然気付かないんだもん。
そう、『先天性相貌失認』なの。納得」
「あの先生には、みんな『でくの棒』に見えるらしいよ」
「それにね、連れの小杉という人がスケベでね。先生を睨み付けていたら、サッと私のケツを触るのよ。先生は先生で『どうしたの、サインでも欲しいのかな』何て、手を握ってきた。私、ものすごく腹が立ってね、2人とも思いっきり引っ叩いてやった」
「あははは」と3人は笑った。
「いい気味。あははは」
「それからね、『自分の生徒も分からんのか~』と怒ったら、驚いてね。『君はこんないかがわしい店で働いているのか』だって。『いかがわしいのは、お前らだろうが~』と言ってやった。
「うん、正解。あははは」
「それから、ぼ~としてたと思ったら、いきなり3人揃って土下座よ。それがね~、3人ピッタリ揃ってんの。
ますます腹が立って『A特務員の誇りはどうしたー』って怒ったのよ。そしたらね、シャキーンと立ち上がって敬礼し『申し訳ありません』
『これお代です。つりは要りません』って。それから、お父さん、お母さんにも敬礼し『しっかりした、いいお嬢さんですね』何ておせいじ言って、3人一列になって行進して出て行ってしまったの。
何なのよ、あいつらは~」
「いい大人が、信じらんない」
「お調子者の3バカトリオだ」
「アホだね~」
座敷席で3人が盛り上がっていた時、『南楽』に雅史が入って来た。沙羅付きの衛兵にさり気なく目立たぬように、右手の人差し指と中指を重ねて示した。
雅史は店を出る。しばらくして、衛兵も出て来た。
「こっち、こっち」
「はい、何です。田中さん」
「しっ、ここへ来て、あそこを見て」
見ると、黒っぽい服装の男が座敷席に聞き耳を立てている。
「あの男、昼間見た時、何か気になってたんだ。それでね、気配を消して後を付けた。あれは『草』じゃないかな。と、すると目的は沙羅さま。君らは沙羅さまの付きだろ」
衛兵は軽く頷いた。
「そうです。配慮いたみいります。さっそくこちらで、要員を手配します」
「そう、では任せます。終わったら報せてもらいますか」
「了解です」
雅史が家に帰ると電話が鳴った。
「田中です」
『衛兵の桜井です。先ほどは、ありがとうございました。あれは、やはり南郷の
『草』ですね。ですが、何も喋りません。しぶとい奴です』
「ふ~ん、そうですか。いや、吐かないのは立派な『草』だ」
『それから、この事は沙羅さまにも報告しました。自戒をして、行動を自重して頂ければと思いましての報告です』
「そうですよね。で、何か言ってましたか」
『田中さんのことを『あのヘンタイがね。ふ~ん』と、おっしゃておりました』
「へえ~、そう。あのね、ヘンタイは世を欺くための仮の姿、ホントは真面目な諜報員何だと言っておいていただけませんか」
『はあ、ではそのように伝えます』
「お願いします」
******
『草』とは忍者(スパイ)の事です。
蛇足かな(^^)。
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