第6話 雅史と小杉と黒田
雅史は地区の古老、富沢鉄夫老の離れに寄食していた。簡単な自炊も出来る。
只今、謹慎中、慎み深く自炊での夕食中に小杉が訪ねてきた。迷惑なと思う反面『同好の士来る』の嬉しさがあった。
「何だぁ、貧しい食事をしてるな~」
「質素を旨としている」
「かっこいいこと言っちゃて。『栄養不良で陰々滅々、ジメジメじとじと湿った畳にキノコが生える』ってか。こんな所でイジケてないで、『南楽』に飲みに行かないか」
変なことわざみたいなものに触発された訳ではないが、雅史は心動かされた。
「そうだな、たまにはいいかな」
「そうこなくちゃ、良し、黒田曹長も呼ぼう」
3人が南楽に行くと、女店員がササッと隠れてしまった。
「朱美、何やってんだい。お客さんだよ」
『人の気も知らないで・・・・』朱美はやけくそ気味に応対に出た。
「いらっしゃいませ~。3名様ですね、そうぞ~」
「ああ」
「うん」
意外だった。気付いていない。良かったような、悪かったような気付いて欲しかった気もする。
「何します」
「そうだな、取り敢えずビール、ビンで。それから、やきとり見繕って3人前。・・・・で、いいかな」
「うん」
『気付いていない。何てえ人だ』ホッとする反面、腹が立ってきた。
「はい、ビールお待ちどう」
コップをガチャンと置き、ビールをドンと置いた。
「ねえちゃん、やけにご機嫌ななめだなあ~。生理か~」
「そんなんじゃありません。キャー!」
小杉がお触りしたようだ。
「小杉さん、困るよ~。俺、今、謹慎中何ですよ。今、騒ぎを起こしたら、今度はどうなるか分からないよ」
「あっ、そうか。謹慎中か。なに、また、洗濯でも草刈りでも一緒にやろうよ」
「そんな~」
「ところで田中さんは今どこなの?。ちょっと前は、俺と同じ曹長だったよね」
雅史は試合に勝っては昇格し、不祥事を起こしては降格し、激しく隊での階級が上下していた。
「さあ、どの辺なのか?」
「お待ちどうさま」
焼き鳥が運ばれて来た。が、彼女は去らない。
「どうしたの?。サインでも欲しいの」
雅史は彼女の手を取った。小杉はサッと朱美の尻を触った。
『パシッ』『パシッ』と小杉と雅史の頬が鳴った。
「止めなさい。ここは、お触りバーじゃありません。それから、あなた担任のくせに自分の生徒も分からないの!」
朱美がバン!とテーブルを叩いた。
「あっ!」
意表を突かれたらしい。雅史はキョロキョロと周りを見渡した。
「南・・・・南楽・・・・あっ南原・・・・くん」
半分、看板の『南楽』から推測して出た名前だ。
「何で、こんないかがわしい店で働いているんだ」
『パシッ!』と雅史の頬が鳴った。
「いかがわしいのはあなた方だー。ここは、いかがわしい店でもお触りバーでもねえー。まっとうな食堂だー。私はここの娘だー」
雅史は衝撃を受けた。
しばらく無言でぼ~としていたが、いきなり土下座をした。
「申し訳ございません」
と、額を床に擦りつけた。
さらに小杉と黒田を促し「申し訳ございません」と声をそろえた。
『何なのだろう、この人たちは?。普通、こんな大げさな謝罪なんてしない。それが、軽々と極端から極端へとはしる。何か芝居がかっているみたいだ』
店の客の前で、両親の前、衆人環視も気にすることなく、そんな態度をとれるとは、世の中ナメているとしか思えない。
南原朱美は猛烈に腹が立った。
「先生は、元A特務員でしょうが。A特務員の『誇り』はどうしたー。
すると、雅史はガバッと立ち上がると、カツンと踵を揃え直立不動の姿勢をとった。黒田と小杉も倣った。
「敬礼!」
バッと揃って敬礼した。こういう動作は訓練で慣れているみたいだ。
「失礼しました。お騒がせしました。これお代です。つりは要りません。お父さん、お母さん失礼いたしました」
3人は両親にも敬礼をした。
「しっかりした、いいお嬢さんですね」
唖然とする人たちをしり目に、3人はキビキビとした動作で隊列を組み出て行ってしまった。
「何だろう。あの人たち」
「ああいうのが先生で、大丈夫なのかね~」
「どっちが先生か生徒か分かんないな~」
「悪かったね、ヘンなとこ見せちゃって」
「かまわねえよ。だけど、何か消化不良だな~」
「先生のところで飲み直しするか」
「そうだね」
「良し、酒とつまみだ」
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