雅史が行く

第5話 沙羅と沢木と綾

「沢木さま、お電話です」

「ん、誰から」

「さあ、名乗りません。出れば分かるとおっしゃって」

「はい、沢木です」

『沙羅です。お久ぶりです』

「あっ、沙羅さま、久しゅうございます。ああ、大変失礼ですか、この電話は切ります。こちらから電話を差し上げます。この番号でよろしうございますね」

『そう、良いように』

「大変、失礼しました。あそこは、いろんな人間がいまして油断がなりません。陰謀を企む輩がおりまして、気をつけないと」

『そう、迂闊だったわ。気を使わせてごめんなさいね。そう、国情院て諜報機関、スパイの本拠地だものね。大変何だね』

「いやいや、恐れ入ります。今後は私のプライベートの電話に掛けて貰えませんか。番号は、いいですか１０２の○○○○○○です。通じなければ、妻、淑惠（よしえ）に電話してください。淑惠から電話があれば、私のプライベートの電話で掛けさせて貰います」

『あら、沢木さんは結婚してるんだ』

「はあ・・・・」

『田中３号がね、いろいろやらかしているらしいの。聞いてる』

「はあ、そりゃ国情院のＡ特務員ですから」

『あっ、そりゃそうね。愚問だったわ。それでね、田中雅史は何であんなにアホなのか疑問なのよ』

「う～ん、ここの仕事は情報の収集、分析、報告が仕事なのです。いわば書類、頭、神経を使う仕事です。辛気臭（しんきすさ）い職場ですよ。今、奴は左遷されて、下っ端の重労働を強いられていますね。いわば、身体の神経を使う仕事です。奴は夢想剣士、身体の方の神経を使う天才です。やっぱり、身体を使う方が性に合うんでしょう。たぶん、開放感が嬉しくて少しハメが外れてしまったみたいですね。

それとですね、もう一つ奴には秘密があります」

『何なの、聞きたいわ』

「それはですね。奴は『先天性相貌失認』の気があります」

『何なの、その先天性相貌なんとかは・・・・？』

「まあ、簡単にいえば、相手の顔を識別出来ないということです」

『まあ、そんなものがあるのですか。それは・・・・不便でしょう』

「そうでもないみたいですよ。奴はカンがいい。動作、声、服装、クセなどで識別出来るので、ほとんどの人が気付いていない位ですから。ただ、奴は女が皆同じような顔に見えるみたいで、男も同じような顔に見えるみたいです。

私は、奴が同じような髪、同じような服、同じような動作で、個々を識別出来なかった場面に遭遇したことがあります」

『そう～、いいこと聞いた。また、何かあったら教えてね。ありがとう』

「どういたしまして、何時でもご用命ください」

『ありがとう。じゃぁ』

「はい、失礼いたします」

「五輪塔中学校３年Ｃ組の代表の電話番号を調べて」

「はい」

侍女は、意外を早く用紙を持って来た。

「これです」

　阿部宅の電話が鳴った。謹慎中で、家でごろごろしていた綾がでた。

『はい、阿部です。どちら様ですか』

「鈴木沙羅です。そちら、五輪塔中学３Ｃの代表の方ですか」

『はい、そうです。代表ではなく、組長と呼ばれています。あの～どちらの鈴木さんですか』

「那珂国の王女、鈴木沙羅です」

綾は思考が止まってしまった。非現実的な会話なのだ。

『・・・・今、何と・・・・』

「那珂国王の娘、鈴木沙羅です」

『・・・・ええ～、王女さま～』

「阿部さん、声が大きい」

『ええ、ああ、失礼しました。うう、大変申し訳ありません』

「いいのよ。私のことは、沙羅と呼んで」

『いえ、とんでもない。畏れ多い。私のことは、綾と呼んでください』

「じゃあ、綾、そちらの担任。田中雅史３号がいますね」

『え～、あのヘンタイ教師をご存知なのですか』

「あははは、あのヘンタイでも、国情院、元Ａ特務員だったのよ。国情院といったら、国の最重要部署なの。私は委員会のメンバーだから、彼のことは以前から知っていたのよ」

『へえ～、そんなエライ人なんだ。信じられない』

「あははは、私もあんなアホとは信じられなかった。でも、あのアホがそちらに左遷されたのは、私にも関わりがあるの」

『へ～、何か不始末しでかしたんだ。何をしたんですか』

「国王と衛兵たち、衆人環視の中で、私のケツ・・・・お尻を触り、チチを揉んだのよ」

『ええ～、うっそ～、信じらんない～』

「本人は、錯乱状態にあったと言ってたけど」

『うっそ～、信じられない～。王女さま、沙羅さまのチチを揉むなんて、獄門、打ち首ものですよ』

「まあまあ、抑えて。近々、五輪塔地区に視察に行くから、その時お会いしてお話しましょう」

『えっ、本当ですか。嬉しい』

「ええ、本当よ。楽しみにしてるわ」

『わ～嬉しい。待っています。お待ちしてます』

「じゃ～ね」

『はい、失礼します』