第11/11話 決着
(これが最終決戦ですわ──完膚なきまでに叩き潰してさしあげますの!)
戈音はコントロールパネルを操作した。二号機を時計回りに回転させ、毅乃と正対する。
左右の箸をやや斜めにした状態で毅乃へと近づけていった。目に見えない巨大な手が箸を構え、食べ物めがけて伸ばしているかのようだ。箸の先端は毅乃の頭より高い位置にあった。
(まずは右!)
戈音は右の箸の先端を一気に毅乃に近づけ、前斜め下に勢いよく突き出した。毅乃は向かって左に移動し、回避した。
(そして本命の左!)
戈音は左の箸の先端を一気に毅乃に近づけ、前斜め下に勢いよく突き出した。毅乃は向かって右に移動し、回避した。
(作戦どおりですわ!)
今度の攻撃の狙いは毅乃にダメージを与えることではなかった。前斜め下に突き出した箸の先端をそのまま床に激突させた。
衝撃により東ホームが大きく震動した。キャビンにいる戈音すら感じられたほどだ。戈音は心の準備をしていたためほとんど動揺しなかったが、毅乃は完全に虚をつかれたようだった。明らかに慌てていて、こけまいとして踏ん張っていた。
(最初の右の箸による攻撃の時はあえて起こさなかった震動ですの──不意打ち成功ですわね!)
戈音は素早く右スティックを操作した。すでに引っ込めていた右の箸を動かし、毅乃めがけて突き進めた。
数秒の間、毅乃は転倒しないよう体勢を整えることに集中しているようだった。我に返ったと思しき時にはもう、箸の先端が目前に迫っていた。今からでは、たとえどんな回避行動をとられたとしても胴のどこかを打つことができる。この勢いをもってすればいくつか肋骨を折れるだろうし、内臓も大きく損傷させられるだろう。
(食らいやがれですわ……!)
戈音は右スティックをへし折らんばかりに倒していた。箸の先端と毅乃の胴との距離が二メートルを切り、一メートルを切り、〇・五メートルを切った。
どんっ、という低音および衝撃が響いた。戈音の腰の右側にだ。
(──!?)
事態は一瞬では終わらなかった。腰の右側に当たった物体は、戈音の体を、ぐいぐいぐい、と猛烈に押し続けた。その物体は細長い棒のような形をしていて、後ろから伸びてきているようだった。
(何、何ですの──!?)
左脚を負傷しているせいもあり、ろくに留まることができなかった。押されるがまま座席の左側めがけて転がり落ち始める。右スティックから手を離したことにより箸の動きが止まった。視界の隅で毅乃が箸を避けたのが見えた。
せめてキャビン内に残ろうとしたが、なにしろ左脚をぶん回したりぶち当てたりした、唾も飲めないほどの激痛に襲われてできなかった。東ホームの上、コースの縁のすぐ近くに転がる。刹那的に気が遠くなったが、なんとか呼び戻すことに成功した。二号機の北側に腹をキャビンに向けた状態で横たわった。
(いったい何が……!?)
もはや身を起こすことすらできず、かろうじて顔を上げた。二号機に視線を遣る。
細長い棒が空中を手前から奥に向かってホームの床と平行に伸びていた。高さは操縦席の座面をやや上回るくらいだ。末端は座面から少しはみ出していて、先端は一号機に繋がっていた。
棒は三本の金属パイプで構成されていた。一本目の先端と二本目の末端、二本目の先端と三本目の末端がワイヤーで結ばれている。三本目の先端は一号機の右の箸の先端に直交するようにしてワイヤーで縛りつけられていた。一号機の右ブームは二号機めがけて限界まで伸ばされていた。
(いずれもゴンドラの部品──さてはアースゾーンの床に落ちている残骸から入手したのですわね……!)
一号機は無人にもかかわらず反時計回りにゆっくりと回転していた。よく見ると、コントロールパネルのキャビン回転レバーが左に傾けられた状態のままワイヤーで縛りつけられて固定されていた。
(箸機械は電源を入れてから実際に操縦できるようになるまで数分はかかりますの。レバーをあのようにしてからパワーボタンを押せば、キャビンが動き始めるまで時間が空きますわ。その間に東ホームの北東に移動して、そこから二号機に近づいてきましたのね。わたくしが一号機の動作に気づかないよう注意を引きつけ──)
意識が遠ざかりかけ、慌てて呼び戻した。体のバランスを崩す。後ろに転がり仰向けになった。
視界の端から毅乃が姿を現した。笑みを浮かべているわけではないものの勝利を確信した表情をしていた。もっとも戈音のほうも敗北を確信した表情をしているに違いなかった。
(気に入りませんわね……!)
残った最後の体力を振り絞り、素早く左腕を動かした。手を天に向かって伸ばし、穴の開いた掌を毅乃に突きつけた。
毅乃の顔が強張った。
空っぽの仕込み銃からはとうぜん何も発射されなかった。
戈音は片方の口角を上げた。中指も立ててやろうとした。
その前に顔を踏み砕かれ、意識が途絶えた。
椎島毅乃の視界に着信を知らせるメッセージボックスが出現したのは、ナスン缶を回収した後、東ホーム横の階段を下りている時のことだった。
通信を開始するとさっそく錦司の声が聞こえてきた。「椎島、こちら玉子橋。蘇梗アクアランドに着いた。今からプラットホームに向かう」
「こちら椎島。わかったわ、ありがとう。こちらの状況だけれど、蒲辺を無力化することに成功したわ。ナスン缶もわたしが確保しているわよ」
「そうか、よくやった!」錦司は嬉しそうな調子の声を上げたが、間をおかずに心配そうな調子の声に変わった。「大丈夫か? だいぶ疲れているようだな、声でわかるぞ」
そう言われたせいで余計に疲れを自覚した。「……ええ、そうね。疲れているわ」鸚鵡返しのような台詞を口にするだけで精一杯だった。
「待っていろ、ただちに合流するからな。通信を終了する」
通信が切れた時、毅乃はコース終端の下に設けられているプールに着いたところだった。ナスン缶を持ったまま水の中に入る。全身の麺つゆだの埃だのを洗い流した。
数分後、アースゾーンの奥から一台の車が走ってくるのが見えた。一瞬、新たな佐比葵の刺客かと思い、ぎょっとしたが、すぐに錦司が運転していることに気づき、ほっとした。
プールサイドに上がった毅乃の近くで車は停まった。錦司は運転席のドアのウインドウを開け、「ほら」と言ってバスタオルを差し出してきた。
毅乃は受け取ったバスタオルで体を拭いた。最低限の水分を除去して助手席に乗り込み、シートベルトを締める。錦司がアクセルペダルを踏んだ。
毅乃は全身から力を抜いた。手も足も頭も胴も余す所なくくたびれていたが、戈音と戦った直後であるせいかひどく気が昂っていて、眠くはなかった。「ここからA地点まではどれくらい時間がかかるかしら?」
「二時間くらいだな。椎島は疲れているだろう、車内で休んでくれていてかまわないよ。ドローンにナスン缶を積んで出発させる手続きはおれがやるから」
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうわ。……玉子橋くんが3KNカードを持たせたドローンは無事に飛行できているのかしら?」
「さっき司令部から連絡があったよ、もう到着したそうだ。想定より早くて嬉しいね。おれたちもA地点で用を済ませたらさっさと基地に戻ろう。もしかしたら佐比葵のやつらに見つかって襲われるかもしれないからな。佐比葵は、おれたちがまだ3KNカードやナスン缶を所持しているかもしれない、と考えるだろうから」
「そうね……」毅乃はバックミラーに視線を遣った。すでに流し素麺のコースは遠くなっていた。「そう言えば佐比葵のドローンの残骸とか蒲辺の死体とか放置してきたけれど……大丈夫よね?」
「ああ」錦司は頷いた。「あと二十分ほどで九仁擬の処理部隊が来る。綺麗に片づけてくれるはずだ」
「でも、わたしや蒲辺が壊した設備までは修復してくれないでしょう?」毅乃は溜め息を吐いた。「納涼祭の委員会の人たちには悪いことをしてしまったわ……」
「まあ、町制記念日は一週間後だから、人手や資金があれば当日までにはぎりぎり直せるとは思うが……さすがに九仁擬が動くほどのことではないしな。何かしらの業者を雇えば間に合うかもしれないが、引き受けてくれるところの心当たりなんてないだろう?」
毅乃は少し考えを巡らせた後、「……あるわ」と言った。「スマホを貸してくれない? 私的な電話ができるやつ」
「コンソールボックスにあるが……」
毅乃はスマートホンを取ると、ロックを解除し、番号を入力して電話をかけた。「もしもし、巴牟社長ですか? 椎島毅乃です、折り入ってお願いしたいことが──」
一週間後、巴牟製作所が修復だけでなく各種のアドバイスや援助も行ったおかげで、克伏町納涼祭は予定どおり開催され、想定を大幅に上回る人気を博したのだった。
〈了〉
少女武闘のウォータースライダー 吟野慶隆 @d7yGcY9i3t
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます