第09/11話 マシンとの格闘

(よし、さっそく……!)

 毅乃はレバーを右あるいは左に倒して、キャビンを時計回りあるいは反時計回りに回転させた。一号機の向きを調節し、最終的に二号機と正対する。その後は左スティックおよび右スティックを操作して、左ブームおよび右ブームを二号機めがけて伸ばした。

 しかし、ブームを限界まで伸ばし箸をめいっぱい上に傾けても、その先端は二号機には達しなかった。

(事故防止のためにこんな仕様になっているみたいね……)

 最終的に毅乃は一号機を使っての攻撃を諦め、キャビンから降りた。

(こうなったら生身で戦うしかないわね。さっきの様子だと、箸の動きはたしかに素早いけれど対応できないほどではない。不意さえつかれなければなんとかかわせるはず。

 じゃあ東ホームの外側から二号機に近づこうかしら? ……いや、もっといい方法があるわ。コース内に入ってナスン缶の所まで突っ走り、蹴っ飛ばしてしまうのよ。二号機の箸が届く範囲の外に出してしまえば、もう蒲辺には成す術がなくなるわ)

 毅乃はコースの中、一号機より数メートル南側に下りた。深呼吸をしてから北を目指して駆けだす。

 一号機の前を通り過ぎたあたりで、戈音が気配を感じ取ったらしく、顔を向けてきた。箸機械を反時計回りに回転させる。攻撃を仕掛けてくるつもりに違いなかった。

(さあ、かかってきなさい!)

 応えるかのように戈音がスティックを動かし始めた。真上から真下へと伸ばされている右の箸の先端が突っ込んでくる。

(えっ──!?)

 慌てて左に移動し、回避した。

(嘘でしょ──さっきよりもはるかに速いわ──!)

 右斜め上から左斜め下へと伸ばされている左の箸の先端が突っ込んできた。左斜め上に跳んでかわす。

(──さっきの箸の速度は擬態──わたしを勘違いさせ──二号機の箸の届く範囲に来させ──攻撃するために──)

 着地した、と思ったら足を滑らせた。尻餅をつく。

 流れるように上半身を倒して膝を伸ばし、コースの底に寝そべった。右の箸の先端が体の上を通過していった。

(ナスン缶の所に行くなんて無理──とにかく離れないと──!)

 毅乃は右に転がって腹這いになった。急いで立ち上がる。

 左の前腕および腰の左側に衝撃を受けた。左の箸の先端がぶつかってきたのだ。さいわい、さほど強い勢いではなく、少しよろめきはしたものの大したダメージを食らわなかった。

(嫌な予感──!)

 毅乃は両腕を振り上げた。途端に腰の右側に衝撃を受けた。右の箸の先端がぶつかってきたのだ。今度は勢いが強く、「ぐうっ」というような呻き声が漏れた。左の箸の先端も、毅乃が左腕を抜いたことにより出来た隙間を詰め、腰の左側に接触してきた。

 左右の箸の先端が上昇した。足がコースの底から離れる。宙に摘まみ上げられた。

(この状況は不味いわ……!)

 両手の拳で箸を殴りつけたり脚をじたばたさせたりした。しかし、多少揺れはしたものの、外れたり壊れたりする気配はみじんも感じられなかった。

 足がホームの床から二メートルほど高くなったところで上昇は終わった。戈音は二号機を時計回りに回転させ始めた。毅乃も右へと移動していく。コースの縁を越え、東ホームの上で止まった。

 ほっとしたのも束の間、左右の箸が捻られた。毅乃は半回転し、逆さまになった。

(わたしの頭を床に激突させて殺す気ね!)

 予想は当たった。箸の先端が急降下しだした。

 毅乃は両手を上げた。掌で床を受け止める。肘をやや曲げつつ、腕に渾身の力を込めた。下降しようとする箸の先端に抗い、体を後ろに押し続ける。

「うぐぐぐぐ……!」

 今は耐えられているものの、いずれ力尽きることは明白だった。打開策を練ろうとしたが、何も閃かず、そもそも左右の腕に全神経を集中させているせいでろくにものを考えることができなかった。

「ぬごごごご……!」

 ひたすら両手を突っ張り続けていると、いきなり床が遠ざかり始めた。箸の先端が上昇しだしたためだ。唐突だったせいで肩が外れそうになったが、なんとか免れた。

「はあー……」

 思わず緊張感すら緩むほどに脱力した。一拍後、慌てて気を引き締めた。箸の先端は毅乃の頭が床から二メートルほど高い位置にまで上がったところで一時停止した後、キャビンの回転により右に移動し始めた。

(いったいどうしたのかしら? わたしを殺すことを諦めてくれた、なんて楽観はとうていできないけれど)

 しばらくして箸は止まった。すくった素麺を入れるための器の真上だった。涼やかなガラス製で、円錐台を逆さにしたような形、深さは一メートルほどだ。底には麺つゆが溜まっていて、大破した円筒タンクが横倒しになって浸かっていた。

 毅乃は器の隣にある空っぽの台に目を遣った。もともとタンクはその上に置かれていたはずだ。近くには金洋鐘が転がっていた。大きなひびが入り、一部分が砕け、舌──揺らされた洋鐘の内側にぶつかり音を鳴らす部品──は根元から折れて失われていた。

(たぶん、わたしが佐比葵のドローンをコースから突き落とす前に乱射されたサブマシンガンの流れ弾を食らって、金具が壊れて落ちたのね。その時に台の上に載っていたタンクに直撃したのでしょう。タンクは大破して器に落下し、流出した麺つゆが溜──)

 思考を打ち切らざるを得なかった。箸の先端が急降下し始めたからだ。

 急いで両手を上げ、麺つゆの液面を突き破った。少し骨に響くような痛みを味わったが、なんとか器の底を掌で受け止めることに成功した。同時に顔面、そして頭部が麺つゆの中に没した。

(なあっ──!?)

 肘をやや曲げつつ双腕に渾身の力を込め、体を後ろに突っ張り続ける。首から下は麺つゆに浸かったままだ。

(これが蒲辺の狙いね──)がぼがぼごぼごぼ。(息ができないわ──!)

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