第06/11話 リングアウト
弾はすべて毅乃の足の下を過ぎていった。毅乃は銃撃が始まるよりも前に、立ち上がりつつターンしてドローンに正対した後、コースの底を踏みつけて高く跳んでいた。
毅乃は空中を横方向に通っている支柱にしがみつき、ぶら下がった。体を引っ張り上げて支柱の上に立ち、右を向いて走りだした。
ドローンは毅乃を追ってサブマシンガンの向きを変えていた。毅乃の背後、数メートル離れたあたりを、無数の鉛弾が支柱と直交するようにして飛んでいた。その射線との距離はどんどん縮まっていた。
(このままじゃいずれ穴だらけにされちゃうわ……!)
数秒が経過したところで支柱が十字路のように交わっている地点に到達した。と言ってもきっちり直角に交わっているわけではなく、右斜め前に向かって伸びたり左斜め後ろに向かって伸びたりしている。交差点の中央には縦方向の支柱が通っていた。
(ここなら大丈夫かしら……!)
毅乃は今いる支柱から跳ぶと、右に伸びている支柱を踏みつけ、前に伸びている支柱の上に着地した。縦方向の支柱の所へ戻り、表面に背中をつける。
がんがんがん、という金属音とともに支柱が振動し始めた。鉛弾が支柱に当たっているのだ。しばらく固唾を呑んで佇んでいたが、支柱が折れたり砕けたりする気配は感じられず、とりあえずは安堵した。ドローンもひとまず諦めたようで撃ってこなくなった。
(サブマシンガンで助かったわ。使われる弾は拳銃弾──拳銃と同じ威力。そのくらいならウォータースライダーの支柱でも跳ね返せる。もしこれが例えば小銃弾だったなら、支柱を破壊されていたかもしれないわ)
毅乃は支柱の陰から顔を出しコースの様子を窺った。ナスン缶はドローンが逆さまになっている所まで流され、ボディに引っかかって止まっていた。戈音はそこに向かっているようで、支柱の上を移動していた。コースに戻らないのは、ドローンが毅乃を銃撃しようとした時に邪魔になってしまわないようにするためだろう。
(「蒲辺の現在位置が自分とドローンの間なら、簡単には撃たれないだろうから、その隙に行動を起こせるかもしれない」と思ったけれど……これじゃあ無理ね。何か、現状を打開するのに利用できそうな物はないかしら?)
毅乃は辺りを見回し、洋鐘に目を留めた。以前コース内を走っていた時に作動したギミックの物だろう。金色と銀色の二つで、どちらもサイズは一立方メートルほどだ。
金洋鐘はコースの裏に設けられている金具からぶら下がっていた。今も弱々しく揺れているが、もう音は鳴っていない。よく見ると、表面には円い傷跡がいくつか付いていた。
銀洋鐘は金具が大破していて、真下を通っているコースの中に転がっていた。紺スロープの始点のすぐ手前だ。頂点部は前、開口部は後ろを向いていた。
(そうだ、あれを使えば……!)
毅乃はわずかな閃きを手がかりに作戦を練り始めた。脳の活動が実感できるほどに思案しつつ、戈音の様子を窺う。戈音は横方向に伸びている支柱の上を歩いていた。支柱の先は紺スロープに繋がっていて、その地点から少し下ったあたりでドローンが逆さまになっていた。
(本当はもっと時間をかけてこんなやり方でいいかどうか検討したいけれど……そうも言っていられないわね!)
戈音が支柱の上から紺スロープの中に移ったタイミングを見計らい、毅乃は縦方向の支柱の陰から出た。縦横に張り巡らされている支柱の上を進み、目的地に向かう。
(ドローンとしては蒲辺が近くにいては撃ちたくても撃てないはず。少しだけ時間を稼げるわ!)
ドローンは毅乃が姿を現していることに気づいたらしかった。サブマシンガンを、ういんういん、と上下左右に激しく動かしだした。
戈音は最初、その挙動を怪訝な顔で眺めていた。しかし数秒も経たないうちに勘づいたようで周囲に視線を巡らし、毅乃の姿を認めた。紺スロープを戻り、さきほどの支柱の上に跳び乗った。
ドローンはサブマシンガンの銃口を毅乃に向けた。毅乃は支柱の上からコースの中に移ったところだった。
銃撃が始まった。毅乃はその場にしゃがんだ。
弾丸は、がんがんがんがん、と跳ね返された。銀洋鐘の表面に当たったのだ。毅乃は紺スロープの始点の手前にいて、銀洋鐘の後ろに身を隠し、開口部の左右の縁を掴んでいた。
(やった、予想どおり盾代わりにできるわ!)
毅乃は銀洋鐘を前に向かって押し始めた。両腕に強い力を込め、被弾による衝撃に抗う。紺スロープの始点を通過し、滑走するようにしてドローンめがけて突き進んでいった。銀洋鐘の内側に、びきびきびき、とひびが入りだした。
(さすがにいつまでも耐えられるわけじゃないわよね──なら!)
毅乃は開口部の縁から手を離した。コースの底を踏みつけ、前斜め上めがけて跳んだ。
銀洋鐘が大破した。ドローンはサブマシンガンの銃口を上げ始めた。
しかし毅乃は撃たれるよりも先にドローンの上を越えた。空中で身を捻ってターンし、着地する。姿勢を低くし、発砲し続けるドローンのボディの下部を掴んだ。
両腕に渾身の力を込めた。「どりゃあっ!」というかけ声とともにボディを左斜め上へと持ち上げる。コースの縁に乗っけると、下から撃たれないようにひっくり返っていた機体を元の向きに戻しつつ突き落とした。
塞げない耳を絶え間なく責めていた銃声はだんだん小さくなっていった。どがしゃあんっ、という大きな音が響き渡り、以降は何も聞こえなくなった。
コースの縁から顔を出し、下の様子を確認した。ドローンはアースゾーンの床に落ちていた。ボディは外装が砕けて中の部品が散らばり、ローターはばらばらになり、サブマシンガンは真っ二つに折れていた。ゆいいつトランクだけがほぼ無傷で近くに転がっていた。
(これでもう撃たれる心配はないわ。サブマシンガンを鹵獲できたらもっとよかったけれど。トランクは──いや、調べるのはやめておきましょう。あそこまで行くのは面倒だし、とうぜん施錠されているだろうし……開けるのに失敗したら発動するトラップでも仕込まれているかもしれないわ)
毅乃は顔を引っ込めた。小さく溜め息を吐く。
(それにしても、作戦が成功して──銀洋鐘を盾の代わりとして使うことができて本当によかったわ。金洋鐘の表面に円い傷跡が付いていたことも、金洋鐘が前後に揺れていたことも、ドローンの流れ弾を食らったことが原因。「にもかかわらず穴が開かずに傷跡が付くだけで済むのなら、盾の代わりとして使えるんじゃないかしら」と予想したけれど……当たったわね。つくづく、サブマシンガン──拳銃弾で助かったわ。
そうだ、ナスン缶は!?)
辺りを見回そうとして、やめた。左足にナスン缶が引っかかっていることに気づいたためだ。すぐに拾う。
(やったわ! じゃあ早く撤退しましょう、蒲辺に来られたり邪魔されたりしないうちに)
毅乃はナスン缶を右手に提げて行く手に視線を遣った。紺スロープはドローンがひっくり返っていた地点から三メートルほど離れたあたりで終わり、そこから先の勾配は元どおりの緩やかさになっていた。
(紺スロープの終点から一メートルほど進んだ所で、コースの右側面から横方向に支柱が伸びているわ。あの上に移りましょう)
毅乃はコースを進み、しばらくして目当ての支柱の前に到着した。そこで唐突に眩暈に襲われ、眉間に力を込めた。両腕が虚脱感に襲われ、ナスン缶が滑り落ちたが、拾う気にもなれない。なんとか右足を動かし、流れていこうとするのを阻止することはできた。
(うう、いろいろ激しく体を動かしていたせいかしら……深刻なものでは……なさそう……だけれど……)
毅乃はコースの左の縁を左手で持った。膝を屈し始め、やがてはコースの底につけた。上半身をやや前傾させて俯き、まぶたを閉じる。その後はただただ荒い呼吸を繰り返した。
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