第05/11話 一対二

 その時、後ろから、ぶううん、という低い音が聞こえてきていることに気づいた。

(送風機か何かのギミックでも作動しているのかしら?)

 音はだんだん大きくなっていた。毅乃は嫌な予感がして振り返った。

 音の正体は空中を浮遊しているドローンだった。直方体のボディから六方向に細長いアームが突き出ていて、それぞれの先端にローターが備わっている。ボディの上部には緑色のタグの付いたトランクが積載されていた。下部にはサブマシンガンが取りつけられていて、真上を除くさまざまな角度に銃口を向けられるようになっていた。

(市販品を改造したマシンね……)毅乃は顔を前に戻した。(ということは九仁擬の所属じゃないわ、うちの組織はちゃんとした軍需メーカーの物を採用しているから。佐比葵の刺客に違いないわね)

 今いるあたりのコースの勾配は小さく、緩やかな下りスロープになっていた。左右には、姿見を持った天使だの竪琴を弾く女神だの、いろいろな人形が飾られていた。

(あのドローン、いっこうに発砲してこないわね。たぶん「現在の二人の位置関係では流れ弾が蒲辺に当たってしまうかもしれない」と考えているのでしょう。もし蒲辺が大怪我を負って行動不能に陥ったら、わたしを無力化できたところで、ナスン缶を回収する人がいなくなってしまうから。

 こうなったら、可能であれば蒲辺の息の根を止めずに生かしたまま倒したいわね。上手いこと気絶させるとか。そうすれば、蒲辺を抱えて移動することでドローンに撃たれることなくナスン缶を入手できるわ)

 毅乃は戈音の背に跳びかかった。ぶつかるなり腕を胴の前に回してすがりつく。その勢いのまま前へ倒れ込んだ。

(関節を極めて意識を失わせてやるわ!)

 毅乃は戈音の左右のふくらはぎに跨った。戈音は身をよじらせて暴れ始めた。その体をさらに強く押さえつけようと考え、腰の上に移動しようとした。

 戈音は体を大きく左に捻った。左腕を足のほうめがけて突き出し、掌を毅乃に向けてきた。

(仕込み銃──!)

 毅乃は左手を動かした。前腕で戈音の手首を右から殴りつけ、左へ振れさせた。

 仕込み銃が発射された。通過する弾の風圧を頬に感じた直後、後ろ左斜め上あたりで、ばきゃっ、という破壊音が鳴った。何らかのギミックにでも当たったのかもしれない。

(今のうちに!)

 毅乃は戈音の腰に跨った。首を触り渾身の力で絞めようとする。直前、後ろのほうから、ぶううん、という低い大きな音が聞こえてきていることに気づいた。

(この音は──)

 直感が体を突き動かした。戈音の首から手を離し、戈音の胴の両脇、コースの底につける。戈音の背に覆い被さるようにして身を低くした。

 ドローンが後ろ右斜め上から突っ込んできた。六個のローターのうち四個が大破していた。

(さっき蒲辺が撃った弾を食らったに違いないわ……「どうせ墜落するなら体当たりを食らわせてやる」という考えね!)

 身を低くした甲斐があり、ドローンは毅乃の背の上を通り過ぎていった。コースの左の縁に激突すると、細かい部品をいくつか撒き散らしながら小さく跳ね上がり、縁を越えて落ちていった。

(危なかっ──)

 安堵は強制終了された。戈音が首を素早く反らせ、後頭部を毅乃の鼻にぶち当ててきたのだ。

「ぶぐっ……!」

 一秒だけ意識が鼻に集中した。その一秒を戈音は逃さなかった。体を、ぐるんっ、と勢いよく左に回転させた。

(不味い、離れるわけには──!)

 背筋を伸ばしたり体重移動したりして乗っかり続けようとしたが叶わなかった。戈音の右横に、ごろり、と転がる。添い寝のような位置関係になった。

 戈音は首を左に曲げ頭を持ち上げた。右側頭部とコースの底の間に左手を捻じ込んできた。

(避けないと──!)

 毅乃は四つん這いになると俯いたまま後退した。〇・一秒後、戈音の左掌の銃口が火を噴いた。ばきゃばきゃばきゃっ、というコースの側面が破壊される音と、かんかんかんっ、という散弾が支柱に当たって跳ね返る音が聞こえてきた。

 自分の頭が戈音の腰の右横に来たあたりで移動をやめた。顔を上げ戈音の様子を確認する。左手を右側頭部とコースの底の間から引っこ抜き、コースの左側面についた。体勢を整えようとしているのだろう。

(しがみついて関節を極めてやろうかしら立ち上がってナスン缶を追いかけようかしら)

 迷っている時間も惜しく半ば運任せで後者を選んだ。念のため、右手の拳を戈音のみぞおちに叩き込んで行動を妨害しておく。それから体勢を整えてコースを全力疾走しだした。

 駆けていると、からーん、からーん、という鐘の音──寺院にあるような梵鐘の音ではなく教会にあるような洋鐘の音──が足下から聞こえてきた。コースの裏にでも取りつけてあるのだろう。縁にはセンサーらしき機械がいくつか設けられていた。素麺が通過したことを感知して洋鐘を動かす、というギミックに違いない。

(さっきのコースの横に飾られていた、姿見を持った天使の像……蒲辺が左手をコースの左側面につこうとして動かしていた時、あの姿見に掌が映り込んだのが見えたわ。銃口が開いていて銃身の底は黒くなっていた。

 たぶん初めに目にした時に銃身の底が赤かったのは、装填されている弾丸が赤色だったためでしょう。つまり今は仕込み銃は空っぽ。替えの弾なんて明らかに所持していない。もう撃たれる心配はないわ!)

 まっすぐに伸びたりきつく曲がったりしているコースを、各種のギミックを作動させたり回避したりしながら駆け抜けた。ナスン缶の一メートルほど手前にまで到達する。缶の数十センチ先ではコースの勾配が一気に増大していて、急な下りスロープが始まっていた。コースの他の部分は水色だが、その下りスロープ部分だけは紺色だ。

 紺スロープの途中には巨大ヨーヨー風船が鎮座していた。頂点からは上に向かってロープが伸びている。おそらく、手前のコースの縁に設けられているセンサーが素麺の通過を感知することにより、ロープが引かれてヨーヨー風船を釣り上げる、というギミックだろう。水はヨーヨー風船の下の隙間を流れていっていた。

(ナスン缶さえ回収できたらもうこんな所にいる必要はないわ。支柱を伝ってアースゾーンの床まで下りましょう)取っ手を掴むために腰を曲げようとした。

 尻に強い衝撃を受けた。一瞬では終わらず、太い棒で突かれているかのように、ぐいぐいぐい、と持続した。戈音の仕業ね、と断定し、ドロップキックかしら、と推定した。

 毅乃は前に押し出された。こけないよう急いで足を動かす。ナスン缶の横を通り過ぎ、紺スロープの始点を越えた。

(駄目、駆けていられない、転んじゃう──こうなったら!)

 素早くターンし、前に向かって倒れた。膝を浮かした状態で四つん這いになる。傾斜がきつい分水流も激しく、その姿勢のまま後ろへと滑りだした。

 毅乃は顔を上げた。数メートル前方からはナスン缶が転がってきていて、さらに数メートル前方からは戈音が紺スロープを下りてきていた。

(しつこいわね……!)

 毅乃は戈音を睨みつけた。視線に気づいたのか、戈音も顔を上げて毅乃のいるほうに目を遣ってきた。

 戈音は手足をコースの内側に突っ張って減速し始めた。ある程度スピードが落ちたところで横方向にジャンプする。縁を越え、奥へと水平に伸びている支柱に掴まり、ぶら下がった。

 ふふんっわたしの気迫に恐れをなして逃げたようねっ、などと調子をこく気にはなれなかった。後ろを振り返る。すでに巨大ヨーヨー風船は釣り上げられ、そこより先が見えるようになっていた。

 コースの中、毅乃から数メートル離れたあたりに佐比葵のドローンが乗っかっていた。逆さまになっていて、サブマシンガンの銃口は紺スロープの始点のほうを向いていた。

(蒲辺がコースアウトしたのは射線から外れるためだったのね……!)

 ドローンがサブマシンガンを連射しだした。

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