第03/11話 チェイス
戈音は赤バイクのサドルに跨った。同時に毅乃の発射した鉛弾が宇龍の胸に風穴を開けた。
「ぐあっ……!」
宇龍は地面に膝をつくと腿から上を前傾させ始めた。その最中、天に向けた両手の銃をでたらめな方向に乱射した。自分が死亡した後で武器を奪われないよう、弾を尽きさせようとしているに違いなかった。
三秒後、宇龍の顔面がアスファルトに激突した。二秒後、左右の銃から弾が出てこなくなりトリガーの金属音だけが鳴るようになった。一秒後、両腕が落とすように下ろされ、以降はぴくりとも動かなくなった。
毅乃は隠れていた物陰から出た。戈音は駐輪場を出ると車道の端を走りだした。
(今は撃たないでおきましょう。距離が開いているし、蒲辺は自転車に乗っているわ。当たる確率は低い、弾の無駄遣いよ)
毅乃は青バイクの所に行った。拳銃をペットボトルホルダーに放り込みサドルに跨る。ペダルを漕ぎ駐輪場を後にした。
左手首のリストバンドを操作した。視界の右下に拡張現実技術によるマップが現れる。戈音の位置──正確にはナスン缶に備えつけられている発信機の位置──とその地点へ至るための最短ルートが表示されていた。
毅乃はナビゲーションに従って走行した。十字路を右折し、遊歩道を直進し、踏切を横断した。トラックとトラックの間をすり抜け、スーパーの食品売り場を突っ切り、ビルの六階から飛び降りた。
十数分後、丁字路を左折したところで、まっすぐに伸びる道路を奥からやってくる戈音の姿が見えた。戈音は一瞬ぎょっとした顔になった後、即刻うんざりした顔になった。
(ショートカット成功ね!)毅乃は会心の笑みを浮かべた。リストバンドを操作しマップを閉じた。
戈音は十字路を左折し、一時的に視界から消えた。毅乃は同じ十字路を右折し、行く手に視線を遣った。
戈音の数十メートル前方では車道上および左右の歩道上にバリケードが築かれていた。手前には「工事中 通行不可」と書かれた看板が置かれていたり、左の路肩に軽トラックが停められていたりした。
(やった、追い詰めたわ!)毅乃は片方の口角を上げた。(右の歩道の端はブロック塀、左の歩道の端は金属柵──袋小路よ! 少なくとも赤バイクからは降りるはずだわ)
予想は外れた。戈音は降車どころか減速すらせず、むしろ可能な限りスピードを出した状態で軽トラックめがけて突進した。
戈音は車の荷台後部に設けられているスロープの末端に到達した。そのまま乗り上げ、駆け上がる。先端から飛び出し、左の歩道の端に立っている柵を越えた。
(な、なんという……いや──)
唖然としている時間すら惜しかった。軽トラックめがけて全力で走行する。なんとか戈音と同じ手順で柵の向こう側に行くことができた。
そこはレジャー用プール施設だった。付近の看板には「
(今日は休業日なのかしら?)
そうではないようだ。プールサイドのあちこちでは油圧ショベルが停められていたり床材が剥がされていたりしている。近くにある子供向けプールの巨大遊具は解体途中だった。廃業しているに違いなかった。
しかしまだ廃棄されてはいないようだ。床はそれなりに綺麗に清掃され、あたりにはテントやテーブル席、金魚すくいの屋台やチョコバナナの屋台などが設置されている。マスコットキャラクター像の横には看板が立てられていて「克伏町 町制記念日 納涼祭」と書かれていた。
(この町の町制記念日は、たしか──)軽く記憶を探った。(一週間後ね。きっと祭が終わったらもっと本格的な解体工事が始まるのでしょう)
案内板の前に差しかかったので一瞬だけ確認した。プールサイドはエーテルゾーンとアースゾーンの二つに分けられているらしい。両者は高い崖で隔てられていて、上にあるほうがエーテルゾーン、下にあるほうがアースゾーンだ。今の毅乃たちはエーテルゾーンにいる。
(出入口や通用口の類いはエーテルゾーンに二か所、アースゾーンに三か所あるそうだけれど……油断は禁物ね。蒲辺がどんな手を使って外に出ようとするか予想できたものじゃないわ)
戈音と毅乃は菱形のプールの角を曲がった。戈音の十数メートル前方では金属柵が左右に伸びていた。エーテルゾーンとアースゾーンの境界を成す崖の縁に転落防止のために備えつけられている物だ。高さは三メートルほどで、たくさんの縦棒と横棒が交差して格子状になっていた。
よく見ると柵の左のほうには数メートル途切れている部分があった。隣に貼りつけられているプレートには「超巨大ウォータースライダー メテオインパクト 4thルート乗り口」、その前に立っている看板には「納涼祭 ジャンボ流しそうめんコース スタート地点」と書かれていた。
戈音は柵の手前で右折し崖と平行に走り始めた。毅乃も後に続く。周囲は左手にある柵と右手にある長方形のプールに挟まれ、一本道のようになっていた。右手にあるプールの底はどういう趣向なのか足つぼマットのように凸凹していた。
(今の蒲辺は左右への移動が限られている、銃撃する絶好のチャンスよ! なにやら、崖の下──アースゾーンのほうから誰かの話し声が聞こえてきているけれど……この機会をみすみす逃すわけにはいかないわ! もし一般人にわたしたちの戦いを目撃されてしまったら、九仁擬に頼んで口止めしてもらいましょう)
毅乃はペットボトルホルダーから拳銃を取り出した。銃口を戈音に向け、どん、どん、どん、と三発撃った。
一発目は赤バイクの荷台で使われている二本のベルトのうち片方、二発目はもう片方に当たり、どちらも切断した。ナスン缶が落ち始めた。
三発目は赤バイクの後輪に命中しホイールを大破させた。戈音はサドルから飛び降りた。受け身をとりつつ着地し床を転がっていった。
すでにナスン缶は床の上、毅乃と戈音の間に落ちていた。毅乃はペダルを全力で漕ぎ、ナスン缶めがけて突き進んだ。戈音は体の回転が収まりきるのも待たずに強引に立ち上がってターンし、ナスン缶めがけて全力疾走した。距離に関しては戈音のほうが有利だが、速度に関しては毅乃のほうが有利だ。
(間に合って……!)毅乃は奥歯を噛み締めた。
初めに戈音が到達した。ナスン缶の取っ手を掴んだ。
次に毅乃が到達した。青バイクに乗ったまま戈音に突っ込んだ。
(狙いどおり!)
どがんっ、という鈍い音が辺りに響き渡った。戈音は奥に向かって吹っ飛び、青バイクは前輪を変形させ、毅乃はサドルから飛び降りた。
受け身をとりつつ着地し、即座に立ち上がった。戈音の姿を確認する。ナスン缶を持っていなかった。
「な……!?」
一瞬だけ動揺したが、すぐに見つけることができた。空中に飛ばされている。あっという間に柵を越え、アースゾーンの床めがけて落ちていった。
(しまったわ……!)
毅乃は柵に飛びついた。崖の向こう側にはウォータースライダーがそびえていた。水色のハーフパイプが前後左右に伸び、金属製の支柱が縦横に張り巡らされている。規模はとても大きく、眺めているだけで目が回りそうだった。
(さっきの看板によると、納涼祭ではこのコースを使った巨大流し素麺イベントが行われるらしいわね。そのために改造されているのでしょう、あちこちに水車や鹿威しといったギミックが設けられているわ)
ナスン缶はコースの中に入っていた。底を流れている水に浮かびゆっくりと進んでいた。
ナスン缶はコースの縁に取りつけられているセンサーの前を通過した。コースの横に置かれている巨大マラカスが動きだす。しゃかしゃか、という音を響かせた。
そこでアースゾーンに人が十人弱いることに気づいた。テレビカメラを担いでいる若い男や、ガンマイクを支えている中年の女、ど派手な服装をした若い女、「克伏町納涼祭委員会」と書かれた法被を着た壮年の男などだ。みな驚いた顔をしてエーテルゾーンを見上げていた。
(なるほど……テレビ番組の撮影のためにコースに水が流れていたりギミックが動作する状態になっていたりしたわけね。女性タレントの衣装は日曜日の昼の情報番組に出演するときの物だわ。今日は水曜日だから生中継ではなく録画──なら九仁擬に手を回してもらって口止めしてもらうことができる。多少派手に暴れても問題ないってことね!)
毅乃は柵に両手両足をかけ上り始めた。上端を越え裏側に回り込む。少し下りてからコースに向かって跳んだ。
縁に掴まりぶら下がる。体を引っ張り上げ転げ落ちるようにして中に入った。
体勢を整えつつ下流に視線を遣った。ナスン缶は数メートル先に位置していた。
(早く回収して撤退しないと……!)毅乃はナスン缶めがけて駆けだした。
そして冒頭に至るというわけだ。
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