第4話 ノットソーバッド、或いは猿でも分かる蕎麦の作り方
大越に案内されて辿り着いた場所は、大越蕎麦本社の厨房ッ! 某うどん屋で見たことがあるような設備が整えられているッ!
蕎麦屋との決戦の場にはお誂え向きだッ! さぞ重々しく壮大な音楽を奏でてくれることだろうッ!
「さて、飯田真よ。やろうか」
「ああッ! 終わらせてやるッ!」
すると大越は小気味良く指を鳴らし——扉の向こうから作務衣の男達が入ってきたッ! その手に握られているのは……ボウルだッ!
二人はそれを調理台に置き、他に何もせずに部屋から出ていったッ!
その中を覗き——
「——こッ、これはッ!?」
中に入っていたのは、大量の粉ッ!
「さてはドラッグだなコレーッ!?」
「蕎麦粉だ」
大越の目が一層鋭くなり、吐き捨てるように言ったッ!
蕎麦粉ッ! 蕎麦屋は蕎麦屋らしく、蕎麦で戦うって訳かッ! その蕎麦屋の誇りに敬意を表そうッ!
「——あの奴隷共が挽いた、な」
「くッ……!」
大越の顔に浮かび上がったのは、不敵な笑みッ! 確か蕎麦は機械で挽くより石臼で挽く方が美味い——だが、よりにもよって連れ去られた人々の手によって生み出されたものを戦いの道具に使うとはッ!
これじゃまるで、彼らが苦心して作ったもの、彼らの魂が込められたものを踏み躙るようじゃないかッ!
そしてこの勝負、悔しいが大越に分があるッ!
作務衣を突き破りそうな程に浮き出た筋肉、それは蕎麦作りに血と汗と涙、そして魂を注ぎ続けた者の証ッ! 言い換えるなら、蕎麦作りを極めし漢ッ!
一方で俺はどうだッ!? 蕎麦作りの経験が無い訳では無いッ! しかし、小学校の頃にじーさん達と一緒に作ったきりだッ!
つまりッ! 俺は弱いッ!
「ハメやがったなーッ!?」
「急にどうした。まさか、蕎麦が打てないと?」
「うッ!? ち、ちちちちち違ーしッ!? じーさん達と打ったことあるしーッ!? 小学生の頃にッ!」
俺の叫びに、大越は大きく嘆息を零したッ! そして備え付けの設備を指さして口を開くッ!
「あれを使うがいい。製麺機だ」
何と大越はこちらに塩を送ってきたッ! そうだこれは某うどん屋で見たことのある製麺機——つまり、俺のような素人でも蕎麦を作ることができるッ!
相手を同じ土俵に立たせる——それは堕落して尚何十年も蕎麦職人を続けてきたが故の誇りなのだろうかッ!?
「ありがとうッ! 大越ーッ!」
「蕎麦職人として当然のことだ——始めるぞ」
そう言うと大越は麺棒を武術のように振り回し、構えるッ!
「——まずは、水回しからだ。その鍋型のミキサーを使え」
「ああッ!」
大越の指示通りミキサーの前に立ち——
「おッ!?」
そこには何と、律儀にも手順の書かれた紙が掲示されていたッ! これも大越の計らいなのかッ!?
「ありがたいぜ、大越ッ——」
感謝の念と共に彼を見遣ると、驚愕の光景がそこにはあったッ!
「なッ、何ーッ!?」
残像ッ! ボウルを掻き混ぜる大越の手は残像が生じていたッ! 一方で左手はというと、携えた計量カップを時折傾け、水を少しずつ注いでいるッ!
動と静ッ! 剛と柔ッ! 荒々しさと繊細さを併せ持った、匠の技ッ!
「まッ、まずいッ!」
その勢い、こちらが負けかねないッ! 紙の指示通り機械を起動し、蕎麦粉、つなぎの小麦粉をぶち込み、そして水を垂らして——
「よしッ!」
生地が完成したッ! 次は砲丸の如き生地をプレスする必要があるッ!
生地を運んで機械を作動し——
「順調のようだな、飯田真よ」
大越が声を掛けてきたッ! 携えている麺棒には薄い蕎麦の生地が纏わりついていて——
「——大越ッ、もう終わったというのかッ!?」
「ああ」
そう、その麺棒に付着した生地は既に生地を延ばし終えたことを意味するッ! 流石大越ッ! 職人の技は凄いッ!
こうして話しかけてくるのは、余裕の現れなのかッ!
「では、生地を切ろうか」
そう言って大越は踵を返したッ!
「負けてられないッ……!」
プレスし終えた薄く大きな生地は、銀の麺棒に巻き付けられているッ! それを取り出し、薄い生地を手に取り、急いで生地をカットする機械に入れるッ!
そして——クランクハンドルを握るッ!
「喰らえ大越————————ッ!!!」
クランクハンドルを回し——麺の雨が大越に降り注ぐッ!
製麺機関銃——本物の機関銃と同じ弾速、連射速度を実現した、麺をカットしつつ弾として発射する機械ッ!
如何に柔らかい麺とて、この勢いのものに当たれば大ダメージは免れないッ!
これまた目にもとまらぬ勢いで麺を切る大越に麺の雨が襲い掛かり——
「——ッ!」
大越の修羅の如き目が麺に向けられ——その刹那、大越は包丁を縦横無尽に振るうッ!
「なッ、何ーッ!?」
実弾と同じ速度で飛来する麺、その尽くが切り落とされたッ!? 麺は全て床へと落ち、大越は蕎麦粉を——そして俺の思いを踏み躙るかのように、麺を踏んで己が切っていた麺へと向き直ったッ!
……これが……大越の実力ッ……!
「次は私の番だ」
「くッ……!」
大越はこちらに一瞥もくれず、切った麺を包丁で掃き——
「——ぐぁッ!?」
突如、何かに足を掬われたッ! 立ち上が——ろうとするが、足が開かないッ!?
倒れたまま体を曲げ、足を見て——
「——蕎麦ッ!?」
それに気付いたと同時に、腹部に強烈な衝撃が生じたッ!
「ぐぅッ!?」
麺棒だッ! 麺棒が腹に食い込み——引き抜かれるッ! まるで吹き飛ばされるかのように麺棒は飛んでいき、大越に掴まれたッ!
「どうだ飯田真よ、私の蕎麦の恐ろしさは」
——成程ッ!
大越もまた蕎麦を武器として使っているッ! しかし俺のように銃弾としてでは無いッ!
蕎麦で敵を拘束し、武器を柔軟に扱う——それが大越の蕎麦の本領だッ!
「諦めるなら今のうちだ、飯田真よ」
「くッ……!」
だが、答えは決まっているッ!
「俺は諦めないぞッ……!」
「……愚かなり、飯田真よ」
彼は嘆息を零し、握っていた麺棒を放り投げるッ! そして何かを引っ張るような動きをし——宙を舞う麺棒がこちらに襲い掛かってきたッ!
——まずいッ!
足に手を伸ばして縛っていた麺を引き千切り、転がるように躱すッ! 麺棒は床に弾かれ——るどころか、むしろ突き刺さったッ!?
「さっきのは手加減していたってことかッ……!」
考えろ飯田真ッ! 相手は蕎麦ッ! 蕎麦に勝つには——蕎麦より強い麺ッ!? しかし蕎麦より強い麺なんて——
「——あッ!」
それに気付いた瞬間、俺の体は冷蔵庫に向かっていたッ!
「何をする気だ?」
大越の麺棒がぶんぶんと暴れている音が聞こえるッ! 後目にそれを見遣り——
「がぁッ!?」
脇腹に直撃ッ! 吹き飛ばされ、骨が折れた、或いは内臓が破裂したのではないかと思わせるような痛みに悶え——
にやりと笑みが零れたッ!
眼前にあるのは冷蔵庫ッ! 俺が探していたものッ!
——ここで、諦める訳にはいかねェッ!
痛みを堪えて立ち上がり、冷蔵庫の扉を開けるッ! 中には幾つもの袋、その中には粉が入っており——
「——あったッ!」
その中に「小麦粉」と書かれた袋があったッ!
これが俺の勝利に必要なものだッ!
手を伸ばし、勝利の食材を掴み取るッ!
そして咄嗟に振り返り、俺のいた調理台へと戻るッ!
「……何をする気だ?」
怪訝を帯びた大越の声ッ! 彼は包丁を駆使して蕎麦を飛ばし——
「同じ手は喰らうかッ!」
跳躍し、身を翻し、飛来する麺を躱すッ!
そのまま調理台へと駆け寄り、小麦粉と水をミキサーに叩き込むッ!
「……何か作る気か」
大越の攻撃が止まったッ! 圧倒的強者の余裕か、蕎麦職人としての誇りか、彼は腕を組んでこちらを静観しているッ!
——だが、それの所為で貴様は死ぬッ!
動きの止まったミキサーから白い砲丸を取り出し、プレスの機械にぶち込むッ! 少しして鉄の麺棒に巻きついた生地を取り、製麺機関銃に装填ッ!
「……無駄だ、飯田真よ」
大越は調理台の蕎麦を何本、何十本も両手で掴み、縮れた麺をぐっと伸ばしたッ! それはまるで蕎麦を盾にしているようだッ!
——食への、そして蕎麦粉を作った人への冒瀆だっつーのッ!
俺はクランクハンドルを握り、余裕そうに構える大越を睨むッ!
——この戦い、勝たせてもらうッ!
「喰らえェッ! 大越————————ッッッ!!!」
クランクハンドルを回し、麺の雨が大越に降り注がれるッ!
「来い、飯田し——オアーッ!?」
純白の麺が、まるで闇を打ち消す光のように暗い麺の盾を突き破ったッ! 勢いそのままに大越に降り注ぎ、その体に直撃して吹き飛ばされるッ!
「どッ、どういうことだッ……!? 何故、私の蕎麦がッ……!?」
——これで、こっちの流れだッ!
大越の誇り、長年の血と汗と涙の結晶——それが打ち破られて目を見開く大越を見下ろし、にやりと笑って答えるッ!
「これは——うどんだァッ!」
「うッ、うどんだとォーッ!?」
そう、うどんだッ!
太さッ! 弾力ッ! 色と艶ッ! うどんはそれらが蕎麦より遥かに優秀ッ! あと俺も作者も蕎麦よりうどんの方が大好きだッ!
つまり——うどんなら、蕎麦を破ることができるッ! 作者の忖度抜きにしてもッ!
「そ、そんなァッ……私の、蕎麦がッ……うどんのような下等麺如きにッ……!?」
「うどんを馬鹿にしたなオメーッ!」
たった今大越は俺と作者の怒りを買ったッ! 俺の中の毘沙門天が、心の中で暴れ狂うッ! そして作者の忖度が、俺に力を与えるッ!
——マジ許すまじッ! 大越ーッ!
力強くクランクハンドルを握り直し——
「滅びろ! 残虐悪徳料理店!!」
全力で回すッ! 純白の麺の弾丸、うどんテンペストが大越の腹に降り注ぎ——
大越蕎麦本社、爆発ッ!
瓦礫を機関銃で破壊し、外に出るッ! 本社ビルは最早ビルの様相を呈しておらず、そして太陽の光が酷く眩しいッ! まるで勝利した俺を祝福するかのようッ!
——だがッ!
「まだ……終わりじゃねェッ!」
残虐悪徳料理店は他にもあるッ! 連れ去られた人もまだまだいるッ! そして何より——ミーちゃんを救えてないッ!
祝福の光よッ! 俺を邪魔してくれるなッ! 俺の道をその光で終わらせるにはまだ早いッ!
「行くぞッ……次の戦場へッ!」
残虐悪徳料理店を滅ぼし、皆やミーちゃんを救う旅はまだまだ続くッ!
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