第3話 ロックンロール、奏でるは石臼の調べ

 奴等に拉致されて、何日経っただろう。


「オラァッ! 休むんじゃねェ————————ッ!」

「ア————————ッ!?」


 少しでも動きが遅くなると、こうして鞭が体に襲い掛かってくる。


 実在するとは思わなかった。漫画とかで見る、奴隷が回す謎の棒なんて。


「ほ、本当に何なんだこの謎の棒——」

「喋るんじゃねェ————————ッ!」

「ア————————ッ!?」


 何度も鞭打たれて、服も体もぼろぼろだ。

 涙はとうに枯れ、怒りも苦しみも失せ、疲れと痛みに耐えながら複数人で謎の棒を回す毎日。

 最早希望など、見出せる余地が無い。


「特別に教えてやろうッ! いいかお前らッ! これは奴隷が回す謎の棒なんかじゃねェッ! これは——だッ!」


 ——石臼? 何故石臼を——


「あ」


 その真意に気付いて体が止まり——


「休んでいいとは言ってねェ————————ッ!」

「ア————————ッ!?」


 再び鞭に襲われた。痛みを堪えつつ、再び棒を握って回し始める。


 そうだ。石臼を使うとなると、多分あれだ——


「この石臼で蕎麦を挽くのだッ! 蕎麦は電動で挽くより手で挽いた方が……まあ何か忘れたけど良いッ!」

「忘れたんですか——」

「うるさいッ!」

「ア————————ッ!?」


 何故か某仮面特撮の悪役じみた服装の男が、ズボンに手を突っ込んで蕎麦粉の入った袋を取り出す。

 なんか麻薬みたいだ。


「こうして石臼で挽いた蕎麦粉の蕎麦を量産し、我等大越蕎麦を全国にッ! そして世界にッ! 勢力圏を拡大するのだァ————————ッ!」


 そう叫ぶと男は蕎麦粉を一気に口に含み、まるでキマったかのようにあひゃあひゃと笑い出した。

 やっぱり麻薬じゃないか。


 今彼が言った『大越蕎麦』。東京を中心に関東でチェーン展開している蕎麦屋で、確か「石臼で挽いた蕎麦粉を用いた蕎麦を安く!」と謳っていたような。

 実際安価で、かつ美味だと評判になっていた記憶があるが、裏でこのようなことをしていたとは……やはり安さの裏には何かがあるものなのだな。


「さあ奴隷共ッ! 我等大越蕎麦の為に馬車馬の如く——」

「滅びろ! 残虐悪徳料理店!!」

「ア————————ッ!?」


 突然ッ! 何者かの包丁が男の胸を貫いたッ!






 大越蕎麦の本社の地下に広がっていたのは、奴隷の強制労働施設ッ!

 広大な空間の中に超巨大な石臼が何個も存在し、奴隷として拉致された人々が延々と棒を押して蕎麦粉を生産していたッ!


 この凄惨な光景たるやッ! まさに残虐ッ! まさに悪徳ッ!

 マジ許すまじッ! 残虐悪徳料理店ッ!


 股間に仕込んでいたブッチャーナイフを取り出し、彼らを繋いでいた鎖を一つ一つ切り落としていくッ!


「早く逃げろッ!」


 そう俺が叫んだのを合図に、解放された人々は走りだしたッ! 続々とこの広大な空間を後にし——


「グワ————————ッ!」


 断末魔が響いてきたッ! その音の元は、人々が逃げていった方向ッ!


「なッ、何だッ!?」


 咄嗟に踵を返し——


「久しいな、飯田真」

「お、お前はッ——!」


 人々が逃げていった扉、その向こうから現れたのは、あの日飯田飯店を襲撃した三人が一人、作務衣の男の一方ッ!

 男は苛立ちに満ちた顔でこちらを睨み、大きく嘆息を吐くッ! 断末魔の原因はこれだろう、その手に握られた麺棒には血がびっしりと付着しており、ただでさえ武器のように扱っていて不気味なのに、悍ましさを増幅させるッ!


「オメーッ! 料理道具は殺しの道具じゃねーぞッ!」

「包丁で人を刺した人間が何を……面倒なことをしてくれたな、飯田真よ。おっと自己紹介が遅れたな。私は大越蕎麦の社長、大越昴だ」

「お、大越ッ……!?」


 その名は、大越蕎麦の大越と同じであったッ!


「さては家族経営だなオメーッ!」

「家族経営の何が悪い? 大越蕎麦の社長には同じ大越が相応しいだろう」

「訳の分かんねーことをッ!」


 まあ実際家族経営だということを指摘しただけなので、家族経営のメリットデメリットなんて知らねェッ!

 大学で教わったことすらねェッ!


 俺はブッチャーナイフを構え、俺を睨む大越を睨み返すッ!

 服を着ていても分かる——大越の料理人としての恐ろしさッ! 見た目は恐らく五、六十代くらいであろうッ! その高齢にして、作務衣から突き破らんとする程に浮き出ている筋肉ッ!

 この男——人生を蕎麦作りに捧げてきたなッ!?


「さて、飯田真よ……貴様の目的を一応聞いておこう。何だ?」


 苛立ち混じりの声で問い掛けてきた大越に、声で殴るかのように叫ぶッ!


「連れ去られた人々——そして何よりミーちゃんを救い出しッ! 貴様等残虐悪徳料理店を滅することだッ!」

「……愚かなり、飯田真よ」


 嘆息を零して大越は麺棒を構えるッ! その立ち姿は、まるで中国の武道家を彷彿とさせるッ!


「蕎麦屋の社長でありながら中国に魂を売ったかッ!? 大越ーッ!?」

「先入観を以て相手を判断するのは愚者の行いだ、飯田真よ。それと、人間を有効活用するのは資本主義の本領であろう? 私は人間を連れ去って有効活用しているに過ぎん」

「くぅッ! やっぱり資本主義はクソだぜッ……!」


 資本主義の所為でこんな社会になったんなら、やっぱり革命を起こすしかねぇぜッ!

 残虐悪徳料理店を滅ぼしたら、次は日本社会を滅ぼしてやろうッ! まずは自衛隊、次に国会だッ!


 各々の得物を構えてお互いを睨み合い——


「では、行こうか、飯田真よ」

「おうッ! 滅びろ! 残虐悪徳料理店!!」


 構えを解いて大越蕎麦本社の厨房へと歩いて向かったッ!

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