晩夏

皐月あやめ

プロローグ

 今日ほど自分の愚かさを呪ったことはない。

 まさか高体連陸上競技大会地区予選当日という、こんな大事な日に寝坊するなんて。

 いくら昨夜はなかなか寝つけなかったからと言って、今日勝ち残れば来月の全道大会に進めるのに。

「なんで鳴らなかったんだよ!」

 俺は枕元に転がっているスマホを掴み、画面を確認した。

 集合時間から15分ほど過ぎている。

 ――大丈夫、まだ取り返せる時間だ。

 集合時間には当然余裕を持たせている。

 落ち着け、俺。

 スマホは鳴った。俺が気づかなかっただけだ。

 そのまま画面をスワイプすると、案の定すごい数の電話やLINEの通知が来ていた。

 差出人は陸上部のマネージャーや出場予定のない部員からだった。

 やっぱり俺はタイマーにも着信音にも気づかず、爆睡してしまっていたらしい。

 俺はそれらを開かずにスマホをスポーツバッグに突っ込んだ。

 荷物は昨日の内にきちんと準備しておいた。

 東輝とうき高校陸上部の白いチームジャージに袖を通し、バッグを抱えて部屋を出る。


いつき!本当に送らなくていいの?」

 玄関でスニーカーの紐を結んでいると、背中から母親の声が飛んできた。

 送ってもらいたいのは山々だが、うちは共働きで親父は俺が起きた時にはもう出た後だったし、母さんもこれから出勤だ。

 だから昨日から親父にも「送ってやれないから寝坊だけはするなよ」と言われていたのだ。

 親に迷惑は掛けられない。

 現在進行形で部員に迷惑を掛けているんだ、これ以上は甘えられない。

「大丈夫、急げばまだ間に合うから!行ってきます!」

 下駄箱の上に置いてある家と自転車の鍵をひったくるように掴み、俺はマンションの駐輪場に走った。

 ——そうだ、まだ間に合う。急げ急げ!

 俺は4×100Mリレーの第一走者だ。

 みんなが俺のスタートダッシュを待っている。

 バトンは必ず繋げる。繋げてみせる。

 今のメンバーで試合に出られるのは今回しかない。

 だから絶対に遅れる訳にはいかないんだ!

 俺は自転車に跨り勢いよく地面を蹴った。

「クッソあっちい……!」

 東の空では八月のギラつく太陽が、間抜けな俺を見下していた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る