流天

「私は、誰だ」


発せられた言葉は、寒空へと消えていく。

その一言を発した何かは自分という存在を、忘れているようであった。


「…すこし寒いな」


そう言って、周囲を見渡す。

周りは暗く、木々が生い茂っているのだがなぜか人一人がギリギリ通れそうな隙間があった。

隙間を通り先へ進む。

すると少しずつ光が見えてきた。


「これは…」


出ると同時に大きなビルが立ち並ぶ景色に圧倒された。

ゆっくりと茂みから出ていく。


「うぅ…」


出た直後、頭痛に襲われてうずくまる。


「一体何なんだ、何か思い出せそうな…」


思い出そうと、考える。

すると、断片的にだが記憶が戻ってきた。


「そうだ、俺はこの世界に…」


どうやら、異なる世界からこの世界へと何か目的があり来たのだがその目的の部分だけ靄がかかった様に思い出せない様だ。


「ふぅ」


頭痛もだいぶ収まって来た「これからどうするか」そのことを考えながら立ち上がる。


「…え?」


周囲を見渡す。


「…いない」


そこには、人と呼ばれるものがいなかった。


「そうだ、ビルの中」


そう言って、近くのビルへと入ってみる。

ビル内部は明るく、つい先ほどまで何かがいた様な気配を漂わせていた。


「だれかいませんかー」


そう大声で呼びかけるも、広いビルの中空しく響き渡るだけだった。


「おいおい、嘘だろ」


1フロアずつ調べていくが何処も、天井の電気のみで他にモノと呼べるもの置いてなかった。

少し怖くなり一旦、外へと出て入口の段差に座り込む。


「はぁ、一体何なんだ?」


そう溜息をつき、空を見上げると其処にはどこかなつかしさを感じるような星空が輝いていた。


「こんなに光輝いているんだ、誰か一人くらい…」


少し気持ちを持ち直し、歩き始める。


道なりに少し進むと奇妙なモノが前を横切る。

其れは白い毛玉のようなものでかなり早いスピードで駆けて行った。


「ウサギか?」


そう思いあとを追う、何度か道を曲がったり獣道の様なモノを通ったりして、ようやく追いつく。


「ちょっとまってよ」


はぁ、はぁ、と息を切らしながらそう話しかけると白い毛玉は2つの足で立ち上がり。


「はい?」


「え?」


返事が返ってくるとは思わずに腑抜けた声が出てしまった。


「ふふ、それでどうされたのですか」


そう問われ、思わず。


「あなたのお名前は!」


この世界で初めて会話が出来た嬉しさが抑えきれずにそう言ってしまった。


「私ですか…名前と呼べるものはないのですが…」


「俺と同じだ…」


「え、そうなのですか」


「だったら、それぞれ相手の名前を考えるというのは?」


「なんだか、面白そうですね」


そう言って近くにあるベンチに二人で座り込み


「君はウサギなのかい」


「多分?」


「そうなのかぁ」


「では貴方はどういった存在なのですか」


「それは当然…」


そこまで言って気づく、自分は一体何なのか。

それ自体がわからないことと、過去の記憶にも相手の事しか残っていないことに。

(俺は一体何者なんだ…)


「…あっ、いい名前思いつきました」


「貴方の名前ははじめ、ここから世界が始まるという意味を込めました!」


ふふん、というように満足げに話すのを見て、どうでもいいような気がして。


「はは、いいなそれありがたく貰おう」


「じゃあ、次は貴方の番ですよ。さあ、どんな名前をくれるのですか」


「そうだなぁ、セツというのはどう?」


「それには、どういった意味が?」


「白く、美しく、そして儚いという意味さ」


「美しい…ではそれを貰います」

 セツは少し照れたような感じで受け取った。


「よし、じゃあセツはこの世界について何か知っているか?」


「私は数日前にこの世界にやって来たばかりで、全くと言っていいほど知らないですね」


「えっそうなのか?」

詳しく話を聞いてみると、元々此処とは違う世界で生きていたのだが。

落とし穴におっこちてしまい気づけばこの世界に居たという話だった。


「なるほどねぇ、話せるようになったのもこの世界にやってきてからなの?」


「はい、そうですね」

ある程度、話し合い情報を共有した。


「なあ、一緒にこの世界を探求しない?」


はじめはそう切り出す。


「いいですよー、とても面白そうです」


こうして二人の旅は始まりを迎える。



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流天 @Rutennohito

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