第3話

「さすがに耳が痛いですね…………」


「いきなり出て来るからでしょうが!!!」


 後ろからいきなり声をかけてきたのは、新人教師、ナギサ・シイナ先生。


 今は私が咄嗟に叫んでしまったことで鼓膜がやられたらしく、耳を抑え涙目。

 でも、私は悪く無い。突然出てきた先生が悪い。


「まったく。それより、なんで先生がこんな所にいるんですか?」


「…………そうですねぇ。ちょっと夜の散歩をしようと思ったのですよ、ふふっ」


 いや、絶対にこんな所を散歩場所に選ぶわけないでしょうよ。

 それに、今はもう零時を回っている。時間的にもおかしいでしょう。


 あと、なにか含みのある笑み!! 絶対に何か企んでいるでしょ!

 今日、私と目も合ったし、なんなのよ、なんか怖い。


「それより、魔法を出す練習でもしていたのでしょうか?」


「……………………まぁ、無理なのはわかっているけど、なんとなく気分が乗ったから」


 そんな事を聞いてどうするのだろうか。馬鹿にでもするのだろうか。

 魔法すら出せないのに練習しても意味はないと、思っているだろう。


「無理と、何故思うのです?」


「え」


 顎に手を当て、先生が私にそんな事を聞いて来た。


 なんで無理と思うのか。そんなの決まってる。


「先生のアドバイスを意識しているのに、魔力を感じる事すら出来ないの。だから、どうせどう頑張っても無理」


「なるほどぉ~。では、一ついい事を教えてあげましょう」


 ――――な、なに。

 めっちゃいい笑顔で私の肩を掴み、先生がそんなことを言ってくる。


 いい事って、なにさ。

 期待はしていないけど、気にはなる。


「私も、貴方と同じ年だった頃、魔力を感じる事が出来ず出す事が出来なかったのですよ」

「――――え、そんな、嘘だ。だって、先生は今、いろんな属性魔法を扱っているじゃないですか! 嘘をつくならもっとましな嘘を――――」


 ――――グイッ


 っ、な、なに。

 なんか、顔を近づけてきたんだけど。ち、近い。


 先生、無駄に顔が整っているから、なんとなく緊張するんだけど……。


「なぜ、嘘だと思うんですか?」


「だ、だって、今の先生は……」


「それは今の話ですよね? 昔の私を、貴方は知らない。嘘だと決めつけるのは、辞めていただいてもよろしいでしょうか」


 ――――ゾクッ


 薄く目を開いた先生の瞳は、昼間に見た時より濁っていて、体に悪寒が走った。


 深緑色の瞳だったはずの先生の瞳が黒ずみ、私の視界を覆いつくす。


 逃げたくても、逃げられない。

 まるで、目に見えない鎖で拘束されているような感じ。


「――――そんな、怯えないでください。何もしませんので」


「は、はい……」


 先生が私からゆっくりと離れた事で、拘束が解かれる。

 息が出来る、いつの間にか呼吸すら出来ていなかったみたい。


 …………心臓がどくどく跳ねてる、痛い。

 さっきのはなんだったんだろう。


「もうわかりました。このままでは「貴女がやる気を出さないと思いますので、もうそろそろ私の正体を伝えましょうか」


「え、正体?」


 な、何を言っているの?

 そんな、どこかのアニメのワンシーンみたいな……。


「ふふっ。では、自己紹介させていただきますね。私の名前はナギサ・シイナ。ルーチェ家に仕える執事であり、今日からは貴方の教育係を務めさせていただきます。よろしくお願いしますね、リヒト様」


 ………………………………はぃ???


「おっと、驚きすぎて逆に言葉が出ませんか。では、順次説明を――おや?」


 な、何を言っているのこの人馬鹿なの何がルーチェ家に仕える執事よ私はナギサ・シイナなんて執事知らないし名前を聞いたことすらないというか私の教育係ってなになんで教師としてここまで来てるの意味が分からない。


 意味が分からな過ぎて茫然としていると、先生が突如言葉を止め上を見た。


「――――ちょうどいい所に”的”が現れましたね」


「え、的?」


 もう、何が起きているの? 次から次へと……。


「上を見てください」


 言われた通りに上を向くと、そこは星空が広がっているだけで何も変わらなっ――――


「え、今、何かの影が横切った?」


「F組の寮付近は警備がゆるゆるなため、侵入してきてしまったのでしょう。モンスターが」


「え、うそ!!!」


 モンスターには様々な種類がいる。


 人の役に立ちたいモンスター。

 人に興味のないモンスター。

 人を襲うモンスター。


 今横切ったモンスターは、ドラゴンの形をしていた。

 大きく、ドラゴンの形をしているモンスター。


 私の頭にちらつくのは、誰もが名前を知っているであろうあのモンスター。

 でも、なんで今? こんな所に現れるの?


「もう察しているとは思いますが、今のはワイバーンというモンスターですね。住処としている場所に食べ物がなくなって人里に降りてきたのでしょうか」


 うそ、うそうそうそうそ!!

 そんな、なんで。


 体が震える、怖い。

 は、早く逃げないといけないんじゃないの!?


 ――――え、なんで先生、私の肩を掴むの? なんで、逃がしてくれないの?


「では、リヒト様。教育係としての初めての仕事を始めるな。あのワイバーンを倒せ」


 ――――――――はいぃ??


「え、な、何を言っているんですか!? 私は魔法を出す事すら出来ないんですよ!? どうやって倒せばいいんですか!? ――――て、え?」


 改めて先生を見てみると、なんか、雰囲気がまるっきり違うイキッているような人が私を深緑色の瞳で見てきていた。


 

 前髪はかき上げられ、瞳は鋭く光っている。

 いつも笑っていたはずなのに、今は笑っていない。


 え、豹変し過ぎじゃないの!? 

 しかも、ネクタイも緩め、ジャケットの前もいつの間にか開けていた。


「やっぱ、こっちの方が楽だわ。先生という猫をかぶるのも大変だな」


「え、楽? 猫をかぶる? な、なに?」


「そのままの意味だ。それより、今は教育者としてお前に色々教えてやるよ――――と言っても、お前は魔法を扱えないのではなく、ただイメージが出来ないだけ。それがわかれば簡単。すぐに扱えるようにしてやるよ」


 な、何を言っているのか本当にわからない……。

 ねちっこい言い方なのもまた腹が立つ。


「最初は俺がお前に魔力というもの注ぎ込み、操作する。だが、お前の身体に巡らせるから、感覚だけは伝わるはずだ。しっかりと俺様を感じろよ?」


「言い方がものすごく嫌ですが、わかりました…………」


 言う通りにしないといけないらしいし、やるしかない。

 …………やってやる、魔法、扱えるようになりたいし。


「んじゃ、やるぞ」


「は、――――え」


 言うと、先生は私の背後に回り、両手を掴んだ


「な、なに?」


「力抜け。そんでもって、目を閉じ、魔力の巡りを感じろ。感じやすくしてやっから」


 ――――え、な、何??

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