3-03.憩いの時
僕は「やれやれ系」の主人公が嫌いだ。
運動も勉強も平凡。常に省エネ。面倒事が起きた時は「やれやれ」と言いながら、なんやかんやで解決する。
おかしいじゃないか。本気で生きることのできない人間に、そんな能力あるわけがない。主人公という設定を与えられただけで、どうして優遇されるんだ。妬ましい。
僕は努力を怠らない。
県内最高の進学校に通える学力と、鍛え上げられた肉体が、その証拠だ。
僕の筋肉は、多くの物理攻撃を無効化する。
例えばヒロインをナンパから助ける時、逆上した相手に蹴られても「……今、何かしたのか?」と言える程度には強いはずだ。
僕の知力は、多くの問題を解決する。
例えばヒロインが困っている時、蓄積した膨大な主人公知識から瞬時に最適解を導き出せる程度には賢いはずだ。
でも、あいつの前では無力だった。
神楽陽炎。初めてだよ。こんなにも無力感を覚えたのは。
「……やっと、休める」
昼休み直後の授業。
それは委員会活動だった。
初回は全学年合同の顔合わせと説明会。
どうにかあいつと違う委員会に所属できた僕は、のろのろと廊下を歩いていた。
「主人公くん~! 待って~!」
一瞬、体がビクリとした。
ダメだ。あいつに対する警戒心が高まり過ぎている。
ええっと、彼女は誰だっけ?
そうだそうだ。同じクラスの
スカートと髪が短い茶髪の女子。
会話したことは無いけれど、あいつに比べたら天使みたいな子だ。
彼女は僕の前で止まると、ぜぇはぁと息を吐いた。
「どうかしたの?」
僕は普通に質問した。
彼女は「えっ」という顔をして、ぼそりと言う。
「……主人公くん、普通に喋れるんだ」
もしかして毎回驚かれるのかな?
やっぱり、あの自己紹介は失敗だったかも。
「お望みとあらば、いつでも深淵を見せてやろう」
「いや、結構です。普通に喋ってくれるならそっちの方が嬉しい」
僕は「カッコいいポーズ」の裏側で心の汗を流した。
「それで、僕に何か用?」
「私も保健委員だから。一緒に行こ」
……なんて、なんて純朴そうな笑顔なんだ。
あいつから解放された今、全てが輝いて見えるよ。
「なんで泣いてるの?」
「僕は君のことが好きになりそうだよ」
「うわー、浮気だ。さいてー」
聞き捨てならない単語が聞こえた。
浮気だと? 誰が? 誰に対して?
「主人公くん、神楽さんといつから付き合ってるの?」
「……はぁ」
「なんで溜息?」
まぁ、そうなるよね。
僕もあの距離感で「付き合ってない」は通用しないと思うよ。
どうしようかな。正直に否定する方が主人公っぽいけど、僕の直感が告げている。これは、あいつに同性の友達を作ってあげるチャンスだ。
あいつの為に行動するわけじゃない。
僕の負担を分散するために、他の人を犠牲にするのだ。
でも、こんな普通の子に押し付けるなんて……。
僕が悩んでいると、恋口さんは困った様子で笑った。
「ごめん。もしかして触れちゃダメな話題だった?」
「べつに謝ることじゃないよ」
「私よく言われるんだよね。恋バナが大好きでさ。変に口を出しちゃって。頼むから空気を読め、みたいな」
突然の自分語り。なんて素敵なヒロインムーブなのだろう。
僕も負けるわけにはいかない。最高に主人公っぽい返しをしよう。
「べつに良いんじゃない。空気なんて読まなくても」
「良くないよ。嫌われちゃう」
「他人の心なんて見えない。自分にとっては楽しいことが、相手を不愉快にさせるかもしれない。だけど、そんなことを気にしていたら何も言えなくなる」
僕は足を止めた。
彼女も足を止めた。
「明らかに不適切な内容もあるけれど、恋バナはそうじゃない。だったら、遠慮する理由はどこにもない」
互いに隣を見る。目が合った。
僕は可能な限り自然な笑みを浮かべて言う。
「僕は、自分の好きなことを、はっきり好きだと言える人が好きだよ」
「……それが、相手を怒らせちゃっても?」
「その時は素直に謝るだけさ」
「陰で悪口言われちゃうかも」
「言わせておけばいい。陰で悪口を言う人よりも、好きなことを好きだと言った人の方が正しいに決まってる」
彼女はぽかーんとした。
「主人公くん、友達少なそう」
うーん、残念。
好感度は上がらなかったみたいだ。
「そうだね。僕は友達が少ない。ついでに、神楽さんも友達が少ない。だから、恋口さんが仲良くしてくれると、とても嬉しいよ」
主に、あいつと。
「主人公くん、変わってるね」
「主人公だからね」
「なにそれー」
彼女はくすくす笑った後、とてとて走った。
「いそごー! 遅れちゃう!」
……まあ、こんなもんだよね。
まだまだ理想の主人公には程遠い。
もっと修行しよう。
僕は決意を新たに、憩いの時を過ごした。
そして下校の時間。
僕は、当たり前のように、あいつに捕まった。
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