3-04.覚悟しなさい

 今日の授業が終わった。

 僕は素早く席を立ち、出口を目指す。


「ひーくん、部活は何をやるの?」


 わァ……ぁ……。

 捕まっちゃった……!


「帰宅部か演劇部の予定だよ」


 僕は溜息を心の中に留め、返事をした。

 彼女との会話は極めて疲れるけど、あからさまに拒絶するのは僕の美学に反する。


「演劇部? 理由を聞いても?」

「将来の為。現代社会で最も大切なスキルは、自己表現だからね」


 主人公っぽい台詞を嚙まずに言う為だよ。

 僕は比重が大きい方の理由を胸の内に隠した。


「あなた、おかしな自己紹介をした割には、意外と大人なのね」

「おかしいとか、君にだけは言われたくなかったよ」

「あら、どういう意味かしら?」


 ふっ、僕の肩を摑む手に力を入れたようだな。

 しかし無駄なことだ。僕の鋼の筋肉は、この程度……あっ、爪はやめて。


「演劇部なら、一緒に活動できるわね」


 彼女は笑顔を見せてくれた。

 僕も彼女に負けないくらいの笑顔を見せる。


「僕は帰宅部にするよ。可愛い妹が家で待っているからね」

「それは大変。直ぐに帰らないと」

「ありがとう。また明日。じゃあね」


 言質は取った。僕は帰る。直ぐ帰る。


「……」


 僕は足を止めた。

 彼女も足を止めた。


「あら、どうしたの? 急に立ち止まって」

「……君の行き先を聞いても?」

「あなたと同じよ」


 やだなぁ……家まで来る展開かなぁ?

 こいつに家の場所を知られたくないなぁ……。


「その嫌そうな顔やめて。私のメンタルは豆腐以下なのよ」

「メンタルが崩壊すると何が起きるの?」

「あなたを殺して私も死ぬ」


 冗談に聞こえなかったけど、気のせいだよね?


「……ひーくん。あなた、まだ例のアレについて怒っているの?」

「べつに、怒ってないよ」

「噓よ。ならどうして冷たくするの?」

「べつに、これが僕の普通だよ」

「悪いところがあるなら言ってよ。全部、ちゃんと直すから」

 

 彼女は僕に詰め寄った。

 そのまま瞳を潤ませ……にやりと笑う。


「どうかしら? めんどくさい女の子を演じてみたのだけれど」

「正直ちょっとだけグッと来た」

「やった」


 彼女は本当に嬉しそうな様子で両手を握り締めた。

 その姿を見て……本当に不本意なのだけど、僕の中で好感度が上昇する音がした。


「あなた、本当に変わった趣味をしているのね」


 得意気な笑顔。

 本当に、外見だけは僕の好みだ。


 だからこそ強く思う。

 例のアレさえなければ……と。


「百年の恋も冷める」


 突然、彼女が言った。


「あなたの心が凍り付いたこと、流石に私でも分かるわよ」


 僕は何も言えなかった。

 この場合の沈黙は肯定である。

 だけど彼女は、むしろ嬉しそうな表情をして言った。


「毎日溶かしてあげる。覚悟しなさい」


 ──ドクン、と鼓動の音がした。

 彼女は僕を見たまま何歩か後ろに下がる。


「また明日」


 照れたような笑顔。

 その後、彼女は足早に立ち去った。


 直ぐに姿が見えなくなる。

 僕は右手で顔を覆って天を仰いだ。


「…………」


 言葉は、出なかった。

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