第三話 またかよぉ……

3-01.とても恐ろしいことが起きた

「おはよう、兄さん」

「おはよー」


 主人公の朝は妹と共に始まる。

 これは定番であり、決して外せない要素だ。


 妹は良い。実に素晴らしい。

 時たまヒロインに昇格するが、僕は好きじゃない。


 あくまで妹だから魅力的なのだ。

 決して恋愛対象にならない妹だからこその距離感がある。


 理想は、「小町的にポイント高い!」が口癖の子だろうか。

 いやもう名前言ってるじゃん。というセルフツッコミはさておき……。


 とても恐ろしいことが起きた。

 僕は洗顔と歯磨きを済ませた後、戦々恐々としながらリビングへ向かう。


「兄さん、朝ご飯できてるよ」

「ありがとう」


 僕は食事の席についた。

 机には温かそうな料理が並べられている。


「頂きます。兄さんも早く食べてね」


 ひとつだけ、確認しておこう。


「ねぇ」


 僕に妹はいない。


「君は誰?」


 ビックリしたよ。ほんとビックリした。

 この子、なんなの。なんで当たり前のように妹やってるの?


「私はリリム。兄さんの妹」 


 中学生くらいの外見。銀髪のショートで瞳は赤色。口を開けた時にチラっと鋭い八重歯が見えた。名前はリリムちゃん。そして、なぜか僕の妹を名乗っている。


 めっちゃ怖い。でも僕は必要以上に驚かない。なぜなら主人公だから。


 少し前までは、ただの妄想だった。でも僕は非日常に巻き込まれ、個性的なヒロインと一緒に学園ラブコメみたいな一日を過ごした。


 今の僕ならば、朝起きたら突然知らない妹が居ても不思議ではない。


「リリムは今日も可愛いね」


 今度はリリムが驚いたような顔をした。

 多分、驚いているはずだ。小さな口がぽかんと開いている。


「驚いた」


 ほらやっぱり。


「兄さん、驚かないの?」

「驚いたよ。でもリリムは僕の妹なんでしょ? じゃあ、それでいいじゃないか」

「……器が大きい」

「主人公だからね」


 ああ、心が満たされる。

 主人公っぽいイベントが次々と……最高だ。


 この状況、普通は「何だお前は!?」と驚きながら質問するところだろうけど、僕は自明な出来事について長々と説明する展開が嫌いだ。


 彼女の正体なんて直ぐに分かる。

 だから、いきなり答えを言うことにしよう。


「大淫魔の聖紋」

「……驚いた」


 僕には十歳以前の記憶が無い。

 そして僕は謎のアイテム「大淫魔の聖紋」を保有していた。


 アイテムの効果は不明。

 文字化けして読めなかったからだ。


 ゲーム内のモノは現実世界に持ち込める。

 クマは条件次第と言っていた。きっとリリムは何らかの条件を満たしている。


 ああ、素晴らしいよ。

 この状況、完全に主人公じゃないか。


 すると、彼女には目的があるはずだ。

 それは僕の主人公ライフの羅針盤となる重要な情報に違いない。


「リリム、何か僕に頼みたいことはある?」

「……頼みたいこと?」


 彼女は左手を頬に当て、ぽけーっとした様子で上を見た。


「冷蔵庫が空っぽ。学校帰りに、お買い物してね」

「他には?」


 再び、ぽけーっとした思考時間。


「特にない」

「本当に?」

「うん。私は兄さんの妹を遂行できれば、それで良い」

「そのミッションは誰に与えられたの?」

「私」

「なぜ妹を遂行したいの?」

「私が兄さんの妹だから」

「なぜ君は僕の妹なの?」

「変な兄さん。妹は、妹だよ」


 ん-、謎が深まるばかり。

 でも敵意は無さそうだから、まあ、いいか。


 これは僕の勘だけど、何度かゲームに参加すれば、そのうち自然と謎が解けるはずだ。


「君とは、いつまで一緒に居られるの?」

「……分からない」

「君は期間限定の妹なんだね」

「そうかもしれない」

「じゃあ、僕は可愛い妹との時間を大切にしようかな」


 リリムはまた驚いた表情をした。


「……私、かわいい?」

「もちろん。僕は君のお兄ちゃんになれた幸運に感謝感激しているよ」

「……兄さん、口が上手い」

「主人公だからね」


 僕は料理に目を向ける。

 品目はスクランブルエッグとサラダだった。


「ん-、美味しい。僕の好きな味付けだよ」

「本当? 良かった。嬉しい」


 リリムちゃん可愛い。特に、どこかのR18と違って清楚なところが良い。姿勢が良くて、食べ方も上品だ。控え目な笑い声からは知性が感じられる。ああ、僕は幸せ者だなぁ。


「ごちそうさま」

「うん。お皿、置いといて」

「洗うよ?」

「やらせて。兄さんは、学校。集中」


 ああ、なんだろう、この感覚。

 リリムちゃんの妹レベルが高くて幸せだ。


「ありがとう。よろしくね」

「うん。兄さんは偉い。お礼が言える」


 リリムは背伸びをして、ほんわかした表情で僕の頭をポンポンした。


「兄さん!?」


 僕は床に膝をついた。


「大丈夫? どこか痛いの?」


 胸が苦しい。これは恋?

 いいえ……これが、お兄ちゃんです。


「平気だよ。お兄ちゃん、着替えてくるね」

「うん。分かった」


 こうして僕の素晴らしい朝が終わった。

 この後は……はぁ、また学校であいつと会うのか。清楚な妹と会話した後だと温度差が凄いだろうな。でも仕方が無い。あんなのでも友達だからね。


 主人公は縁が出来た人を全部友達扱いする。

 そして友達を自分以上に大切にするものだ。僕は、その姿が大好きだ。


 というわけで。


「行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」


 高校生活、三日目が始まった。

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