2-03.清楚な黒髪ロングなんていなかった

 前略。


「ちんかぎオナニーよ」


 僕の淡い幻想は粉々に砕け散った。

 よろよろと椅子に座り、燃え尽きたボクサーみたいなポーズをする。


「立ち眩みかしら? 大丈夫?」


 神楽さんが心配そうな表情をしているけれど、今はもう海辺で騒いでるギャル程度の魅力しか感じられない。


 ……なんでだよ!?

 あの完璧な流れから、どうしてぇ!?


 めっちゃ良い感じだったのに!

 理想的なヒロインムーブだったのに!!


 何がDLSite愛用者だ!

 ふざけるな! 僕の期待を返してくれ!


(……落ち着け)


 まだ彼女を痴女と決めつけるのは早計だ。


「……順番に。そう、順番に話をしよう」


 僕には彼女の行動が理解できない。

 だけど彼女自身は納得している。何か理由があるはずだ。僕はそれが知りたい。


「神楽さんは、どうして僕と話をすることにしたの?」


 まずは、これだ。

 大前提を確認しなければ何も始まらない。


「それは、あなたが良いと思ったからよ」

「何が良いと思ったの?」

「パートナーよ。ゲームには二人以上でなければ参加できない。私は、その相手は、あなたが良いと思ったの」

「どうして僕が良いと思ったの?」


 トヨタ自動車考案、なぜなぜ分析。

 ヒトが無意識に省略している根源的な情報を追求する手法である。


 これをやられるとメンタルが擦り減る。

 しかし今は重要な場面だ。悪いけど僕は妥協を許さない。


「……それを、私に、言わせるの?」

「うん、聞きたい」


 彼女はもじもじする。


「……どうしても?」

「どうしても」


 ちんかぎショックが無ければドキドキしていた。

 しかし今の僕は極めて冷めている。ちんかぎ女にドキドキしてたまるものか。


「私は、とある組織の人間だった」


 彼女は組織について説明した。

 要約。ゲームを効率的にクリアして願いを叶える為の組織。


「私には親友が居たの。でも……私のせいで、死んだわ。だから組織を抜けたの」


 僕はその言葉を部分的に噓だと判断した。

 なぜなら初めて会った時に彼女が「裏切り」という言葉を使ったからだ。


 組織を抜けたのは真実だと思う。

 だけど親友の死については嘘がある。


 恐らく、彼女は誰かに騙されたのだろう。

 親友を死なせることになった「行為」を実行したのは「神楽陽炎」だが、何が起きるのかは知らなかった。多分、こんな感じ。


(……良いね)


 こういう重たい事情は大歓迎だ。

 ならば僕は、あえて踏み込むことにしよう。


「君の目的は、復讐かな?」

「……どうして分かったの?」


 簡単な推理だよワトソンくん。

 君のライフは一だった。ゲームに参加できなければ死ぬが、過去に裏切られた組織に戻れば不利な扱いを受けるに決まっている。


 だから、たまたま出会った人物に賭けた。

 必ず裏切られる未来ではなく、生き残れるかもしれない可能性に賭けたのだ。


 なぜ生きる必要がある?

 それは復讐という名の目的があるからだ。


「主人公だから」


 僕はただ一言だけ返事をした。

 長台詞で解説するのは美しくないからね。


「……本当に、あなたはそればっかりね」


 彼女は呆れたような笑みを浮かべた。

 なんだか話が一段落した感じが出ているけれど、まだ何も解決していない。


「君は、これからも僕とゲームに参加したい。だから呼び出した。そういうこと?」

「……ええ、そういうことよ」


 なるほどね。

 とても筋が通っている。


「なぜ僕を忠実な下僕にする必要があるの?」


 彼女は不思議そうな顔をした。

 おかしいな。聞こえなかったのかな。


「なぜ僕を忠実な下僕にする必要があるの?」


 僕は全く同じ言葉を口にした。

 彼女はやれやれといった様子で返事をする。


「私は、もう二度と裏切られたくないのよ」

「答えになってない」

「絶対に裏切らない存在なんて忠実な下僕だけでしょう?」


 認知が歪んでいる。

 きっと特殊な書物を読み過ぎたのだ。


「君はご主人様になりたいの?」

「ええ、そうよ」


 彼女は腰に手を当て胸を張った。

 僕はR18という表記の重みを知った。


「どうして例のアレに繋がったの?」

「忠義を保つには飴が必要でしょう?」

「どうして僕が例のアレで喜ぶと思ったの?」

「言ったでしょう。私はDLSite愛用者。統計的な分析によって、男性の性的な趣味嗜好を完全に理解しているのよ」


 君の分析は間違っていると思うよ。


「……はぁ」


 僕は溜息を吐いた。

 それはもう、大きな溜息だ。


「何よ。失礼な反応じゃない」

「僕は痴女が嫌いなんだ」

「んなっ!? 失礼ね! こんなこと、あなた以外にしないわよ!」


 彼女は顔を真っ赤にして震える。


「……せっかく、喜ぶと思って、恥ずかしくても、我慢したのに」


 知ってる。既に理解してる。

 彼女は痴女ではない。残念なだけなのだ。


 きっと友達が少ないのであろう。

 普通に人と話す機会があれば、こんなにも認知が歪むことは無かったはずだ。


 残る問題は、僕のメンタル。

 僕が「落胆」を乗り越えれば全て解決する。


「ストレートに言うね?」


 僕は顔を上げた。

 彼女は緊張した様子で身構えた。


「僕は君のことが好きだよ。見た目、性格、どちらも大好きだった」

「んなっ!? と、とと、突然にゃにを!?」

「だけど全部台無しになった。ちんかぎは、それくらいドン引きされる行為だよ」


 僕は彼女の認知を正すことにした。

 このまま放置するのは、かわいそうだ。


「百年の恋も冷める」


 彼女の顔から血の気が失せる。

 やがて愕然とした様子で呟いた。


「……そう、なの?」


 理解してくれたようだ。

 僕は安心した。ショックは大きかったけど、これからまたやり直そう。


「……耳舐め乳首攻めプレイの方が良かったのかしら?」

「オーケー、分かった。徹底的に会話しよう。僕は君の幻想を否定するよ」


 中略。

 清楚な黒髪ロングなんていなかった。


 まぁでも、プラスマイナスで考えたら、断然プラスだ。

 こんなにも主人公っぽい非日常、嬉しくないわけがない。


「あー、あー、分かりました! そんなに文句を言うなら私にも考えがあります!」


 彼女は耳を塞ぎ、大きな声で言う。


「今後、私はあなた以外と絶対にペアを組みません!」


 彼女は何が言いたいのだろう。


「私のライフは七よ! あなたが私を拒絶した場合、十二月頃に死ぬでしょうね!」


 ははーん、自分を人質にする作戦か。


「きっと不慮の事故で片付けられるのでしょうね! 皆は普通に悲しいだけ。でも、あなたは違う。原因を作ったのはあなた! あなたが私を殺すの! ざまあみろ!」


 めんどくさい。

 無視して帰りたい気分だ。


「神楽さん、聞いてくれ」


 だけど僕は彼女を更生すると決めた。

 特殊な書物によって歪んだ認知は、僕が責任を持って治す。


「僕は、君を拒絶しない」

「……そうなの?」

「もちろんだよ。ただ、いきなりR18な話をされると、誰でもドン引きする。君に当たり前のことを理解して欲しいだけなんだ」


 彼女は初めて反省した様子を見せた。

 僕は確かな手応えを胸に説得を続ける。

 

「僕は君のことを痴女だと思いたくない。だから、あえて嫌なことを言ってるんだ」

「……私が、嫌いになったわけではないの?」

「もちろん。僕は君のことが好きだよ」

「……そうなのね」


 良かった。分かってくれたみたいだ。

 僕も言葉や態度がキツかったかもしれない。その点については反省しよう。


 だけど、まだひとつ言いたいことがある。

 これは本当に、とても重要なことなんだ。


「それから、自分の命を人質にする行為も普通は引かれるよ。重過ぎる」

「分かった。二度と言わない。ごめんなさい」

「いや、それは困る」


 彼女は首を傾けた。


「僕は重たい女の子が大好きなんだ」

「あなた、どの口で私を痴女扱いしたの?」


 ──こうして、僕の非日常が始まった。

 月に一度だけ開催されるデスゲームに挑みながら、復讐だか願いを叶える権利だかを目指して、まあそれなりに頑張ってみようと思う。


 本当に楽しみで仕方がない。

 僕の主人公ライフが、ここから始まるのだ。

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