2-02.続、念願の清楚な黒髪ロング

「わぁ、すごい」


 一人分の弁当箱が二つ。中身は少量の白米と色とりどりの副菜。隅には少し形の悪い唐揚げがある。


 僕は心の中で拳を握り締めた。

 ……よし、メシマズ属性は無いみたいだ!


 清楚な黒髪ロング。

 いわゆる正統派ヒロインは、何らかの属性を付与されることが多い。そのひとつがメシマズなんだけど、完全に解釈違いだ。


 だから僕は本気で嬉しかった。

 この少し不器用な料理は、絶対に美味しい。


「本当に食べても良いの?」

「……そのために作ったのだから、食べて貰えないと困るわよ」


 彼女は包装された割り箸を僕に渡した。

 

「ありがとう」


 僕はそれを受け取る。

 そして、まずは副菜に手を付けた。


「温かい」

「ふふ、良い弁当箱を使っているのよ」

「弁当箱って色々あるんだね。知らなかった」


 噓だ。知っている。僕も使ったことがある。

 でも今はヒロインをヨイショする以外の選択肢など無い。


「神楽さんも食べなよ」

「……そうね」


 彼女は僕の反応がとても気になる様子だ。

 ふふ、分かる。分かるよ。唐揚げ、だよね。他の食品はインスタントだ。好き嫌いはあれど味は保証されている。だけど唐揚げは違う。


 形が悪いのは不慣れな証拠だ。

 きっと料理本かスマホを片手に手間暇かけて作ったのだろう。彼女なりに感謝の気持ちを込めて、何度も失敗しながら、一生懸命に……。


(……チラ)


 僕は彼女の指を見た。

 

(……完璧かよぉ)


 絆創膏を見つけた。

 あまりにも完璧なヒロインムーブだ。


「ねぇ、唐揚げは嫌い?」


 おっと、露骨に避け過ぎたか。

 それにしても「おねだり」とは……どこまで僕を喜ばせてくれるのだろうか。


「大好き。だから最後に食べようかなって」

「……そう」


 そっけない返事。


「……私も、好きな食べ物は最後まで取っておくタイプよ」

「そうなんだ。気が合うね」

「……そうね」


 僕のヒロインが可愛すぎる。

 もしもファンタジー世界の獣人とかだったら絶対に耳がぴょこぴょこしてるよ。


(……さて、メインディッシュの時間だ)


 僕は、あえてゆっくりと箸を伸ばす。


「あっ」


 ふふっ、分かりやすい。


「どうかした?」

「……いえ、べつに」


 教室に隠しカメラを仕掛けるべきだった。

 だけど今は後悔する時ではない。僕の脳内に焼き付けよう。彼女の、その美しい姿を。


(……頂きます)


 僕は唐揚げを箸で摑んだ。

 そして口へ運び、ひと嚙み。


 瞬間、じゅわっと肉汁が溢れ出る。

 舌を満たす暴力的な旨味、そして、ジャリッという食感……ん?


「神楽さん、甘い物とか好き?」

「……そうよ。お砂糖を入れてみたの」


 そっかぁ、唐揚げに砂糖かぁ。

 普通に美味しいけど……ちょっと、入れすぎじゃないかな?

 

「甘い物は嫌いだったかしら?」

「まさか、大好物だよ」


 ジャリ、ジャリ、ジャリ。

 よし慣れてきた。新食感かも。


「ごちそうさま。美味しかった。ありがとう」

「……それは良かった」


 彼女はそっけない態度で言った。

 でも口元が嬉しそうだ。全然隠せてない。


「……あなたが望むなら、明日も作るけれど」

「嬉しいけど大丈夫? お金とか、時間とか」

「平気よ。あなたに貰ったモノを考えれば、これくらい」


 激レアなアイテムでも落ちたのかな?

 なーんて、そんな野暮な勘違いはしないさ。


「僕、何かあげたっけ?」

「ええ、貰ったわよ。あなたには自覚が無いかもしれないけれど」


 ぶっちゃけ本当に分からない。

 ただ、僕の行動か発言の何かが、彼女の琴線に触れたことは確かだ。


「……放課後、時間はあるかしら?」

「あるけど、どうして?」


 彼女は背筋を伸ばした。

 そのまま緊張した様子で呼吸を整える。

 そして、僕の目を真っ直ぐに見て言った。


「少しだけ、あなたの時間をください」

「いいよ。特に予定も無いからね」


 彼女は安堵した様子で笑った。

 僕はあくまでクールな対応をする。しかし心の中では……。


 清楚な黒髪ロングからの呼び出しイベントキタァァァァァ!!!!


 と、叫んでいた。

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