第二話 理想と現実
2-01.念願の清楚な黒髪ロング
僕は心が踊るような気持ちで登校した。
ああ、体が軽い。素晴らしい一日の始まりだ。
教室。席に着く。座席は窓際の一番後ろ。
残念ながら主人公ポジションは逃したけど、それは次の席替えに期待しよう。
神楽さんの席は三つ前。
どうやらまだ登校していないみたいだ。
ならば待とう。いつまでも。
どうなるのかなぁ。楽しみだなぁ。
「……主人公、なんかニヤニヤしてね?」
「……あいつマジやべぇよな」
ふふ、モブの呟き声が心地良い。
僕のあだ名は主人公か。良いね。それ採用。
(……来た! 神楽さん!)
あぁ、今日も美しい黒髪だ。
もともと美少女だと思っていたけれど、昨日よりも七倍くらい可愛く見えるよ。
こういう時は、ヒロインから声をかけられるのが鉄板だ。そして主人公は何も考えず窓の外を見ているものである。
あぁ、楽しみだなぁ。
三日に一度は練習している「昨日のこと? ……ああ、べつに、僕は自分にできることをしただけだよ」的なアレを、やっと実践できるのかぁ。
(……おやぁ? 普通に座ったぞ?)
僕には見向きもしなかった。
でも分かる。分かるよ。これは照れているパターンだ。あえて僕に背中を向けて、しっかり心の準備をした後、微かに頬を染めて、平静を装った態度で声をかけてくる……うーん、素晴らしい。
良いよ。いつまでも待つとも。
どんなタイミングでも、僕は完璧な主人公ムーブを見せるだけさ。
──午前中の授業が終わった。
「……そんな馬鹿な」
何も起きなかった。
マジでビックリするくらい虚無。
「……放課後まで待つパターンか?」
僕が呟いた直後だった。
「主人公くん、お昼どうすんの?」
隣の席の男子が言った。
僕は神楽さんを見る。動く様子が無い。
仕方が無い。
ここは友達作りを優先しよう。
「何も決めてないよ」
ん? なんだ?
普通に返事したのに、驚かれた。
「……主人公くん、普通に喋れんだね」
あー、なるほどね
彼は中二病ムーブをご所望か。
「ふぅん、ご所望とあらば、いつでも深淵を見せてやるが?」
「あはは、やば、おもしろ」
実に陽キャって感じの笑い方だ。
是非とも主人公の親友ポジとして活躍して欲しい人材だね。
「俺は
そういえば、お昼ご飯のこと考えてなかった。
何も食べないのは筋肉がかわいそうだし、彼の厚意に甘えようかな。
「良かろう。付き合ってやる」
僕が尊大な返事をした直後。
──ドンッ、という音がした。
(……キタァ!)
犯人は神楽さん。
彼女が弁当箱を僕の机に叩き付けた音だ。
「……ええっと、神楽さん、だっけ?」
立花くんが言った。
神楽さんは窓の外を見て口を結ぶ。
そして数秒後。
意を決した様子で、立花くんに笑顔を向けた。
「ごめんなさい。この人、借りても良いかしら?」
「……ええっと?」
立花くんは僕と神楽さんを交互に見る。
その後、優しい表情で僕の肩を叩いた。
「やるじゃないか」
立花くんはクールに立ち去った。
最高だよ。完璧な親友ムーブだ。
会話したのは今日が初めてだけどね。
神楽さんが安堵したように目を閉じた。
僕はその一瞬を見逃さない。本心では緊張していることが分かる貴重な仕草だ。
僕はハーレムラブコメを引き延ばす為に生まれた鈍感属性や難聴属性が大嫌いだ。ラブコメの定番みたいになってるけど、現実なら女の子をキープするクソ野郎と同じムーブだ。それは、僕の憧れた主人公とは違う。
でも今はあえて鈍感な態度を見せる。
勘が良過ぎる主人公も、それはそれで怖いからね。
「ええっと、急にどうしたの?」
神楽さんは僕を見た。
じっと見る。そして逸らす。
頬がほんのり赤い。かわいい。あまりにも可愛い。
僕は背中に爪を突き立て、「どうしたのかな?」という表情を全力でキープした。
神楽さんの視線は僕の前を右に左に往復する。
そして四回目の往復が終わった後、彼女は窓の外に目を向けた状態で口を開いた。
「……お弁当を、用意したのだけれど」
焦るな。まだ焦るな。
ここは、彼女に全部言わせるべきだ。
「お弁当? どうして?」
「どうしてって、それは……」
彼女は横目でチラチラと僕を見る。
それから手を動かし、前髪を退かすような仕草で顔を隠すと、小さな声で言った。
「……昨日の、お礼に」
僕は昇天しかけた。
完璧だった。完璧なヒロインムーブだった。
「お礼なんて、そんな……」
練習して良かった。
練習していたから返事ができる。
もしも練習していなかったら、あまりの感動に気を失っていた。
「僕は、自分にできることをしただけだよ」
完璧だ!
長年の夢が叶った瞬間だ!
ああ、心が満たされる。
こんなにも嬉しいのは、僕の記憶が始まって以来だよ。
「でも、せっかく作ってくれたなら、ありがたく頂こうかな」
「……そう、好きにすれば」
彼女はキリっとした態度で言った。
でも、直ぐに表情がへにょんとする。喜びが隠し切れない様子だ。
「隣の席、使いなよ」
僕は机を横に向けて、立花くんの机とくっつけた。
「……良いのかしら?」
「うん、もちろん」
神楽さんは遠慮がちに座った。
ただ椅子に座っただけ。でも、その細かい仕草にも品性が滲み出る。
まるで、どこかのご令嬢のようだ。
どこにでもあるような制服が、思わず最高級のドレスみたいに見えたよ。
「……口に合えば良いのだけれど」
彼女は照れと緊張が混じった様子で弁当箱を開いた。もちろん、両手で。
僕はごくりと唾を呑み込む。そして──
「わぁ、すごい」
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