箱入り息子のマッチング
橘 静樹
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「おい! 今日が人生のスタートだぞ! ちんたら走んなよ! お前は選ばれた奴なんだ! 一瞬に全てを賭けて、一瞬で駆け抜けろ! 生まれた意味は自分で勝ち取れ!」
向けられた弱気な顔に、俺は大声で発破をかける。
目の前にいる息子は、今まで暗い部屋の中で寝てばかりだったのだ。久しぶりに外の世界に触れ、不安になる気持ちも分からなくはない。それでも、俺は強い言葉をかけ続ける。
「おいどうした? 足が動かないのか?」
選ばれた者は、やるしかないからだ。役割を果たせなかった、と後悔させたくはない。そのためになら、俺は悪者になったって良い。
「ちょ、ちょっと待っ……」
「チッ! なんだなんだ? 一人前なのは体だけで、まだママのおっぱいが恋しいのか?」
「なっ……!?」
俺の安売りな挑発に心がザラついたのか、息子は顔を真っ赤にしている。ただ、さっきまでのシケた面構えよりはずっと良い。
他人との摩擦の経験は、大人になるのに必要不可欠だ。
「……なんだよクソッ! 分かったよ! やればいいんだろ!」
頭でっかちで動けなかった息子が、シュッとした生白い体をグッと傾ける。ようやく覚悟が決まったようだ。
「ほら、かかってこいよ」
仕上げに、手招きをする。
まだ擦れていないピュアな息子を焚きつけ、火をつける。今までも何度も繰り返してきた、俺の仕事だ。
「うりゃーっ!」
真っ直ぐに向かってきた赤い頭を、俺はざらりと撫でて受け流した。シュボッという音が鳴る。今回も、別れのときが来たようだ。
シュッとした体のてっぺん──息子の真っ赤な頭には、熱い炎が宿っていた。
「これは……!?」
「お前の人生が始まった証拠だよ。急ぎな、燃えていられる時間はそう長くねぇ──が、まずは俺のタバコにひとつ火をくれないか」
箱入り息子のマッチング 橘 静樹 @s-tachibana
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