本編

第3話 とある殺人 事件編

 人は、死ぬ。それは当然のことであり、生きている時点で約束された未来だ。


 そして探偵、というのは事件を解決する仕事。今は、の話だけれども。一昔前までは探偵なんて浮気調査ばかりだった。


 それは兎も角、今や探偵にとって死は身近なものになっている。それは雪も同じ。事件現場にお洒落をしていこうとするほどに、当たり前・・・・なのだ。


 綺麗めの深緑のワンピースにタイツ。軽く上着を羽織ったら先輩にも怒られないだろう。首元で最近お気に入りのお団子を作る。


「おはようございます、先輩」


 にこ、と笑うと苦笑される。


「おはよう。毎回事件現場に俺を誘うのは嫌がらせ?」


「でないと断られそうなので」


 彼は食事に誘うとレシート数えますし、と言われて反論できないらしかった。


「あれは昔の話で……」


「来る前も散々家を出たくないとごねていましたのに」


 珍しく、雪が言い負けていない。いつもはごろごろぐだぐだ、先輩に怒られているというのに。


「雪」


「すみません、言い過ぎました。今回は一般的な刺殺体ですね。ですが少々奇妙なところが」


 警察官に渡された写真を眺めてから一言。どこかわかりますか? と指を写真に向ける。


「特に無さそうだけど」


「刺殺……しかも胸元です。即死した訳ではないでしょう。なのに暴れた形跡もありません。これはおかしい。そう思いませんか?」


「そうだね」


 少し首を傾げてから、頷く。


「では、暴れないのはどんな時でしょうか。大方予想はつくと思います」


 指を3本立てた。


「まず1つ目、抵抗できないとき。縛られていたり、薬を飲まされていたり、ですね。次に2つ目の抵抗する必要がないとき。被害者が死を望んでいたとしたらこれに当てはまります」


 一息に言ってから暑くなったため上着を脱いで腰に巻いて、3つ目。


「最後は刺される前に死んでいたときです」


 柹藍は思う。この後輩は何を考えているのかわからないな、と。時折LINEをしてきたと思えば、会ってもそんなに喜んでいる様子は見せなかったり。


 考えに耽っていると雪は褒めて欲しそうに見つめてきている。


「頑張ったね」


「ありがとうございます!褒めて欲しくてずっと頑張ってるんです!」


 尻尾があったら絶対に滅茶苦茶振っている。満面の笑みが眩しい。


「うん」


 若干気まずそうにされる。この表情を何度見たことだろう、と雪は思うのだ。酷いときは見ていないふりをされた。


 まぁ、それは置いておいて。


「天知さん」


 背後から見慣れた警察官が声を掛けてきた。秋蛉依あきつより、顔見知りの女性だ。


「何です?」


「被害者の死因は胸元のナイフでした。どうやら薬の類いは使われていないようです」


「そうですか。ありがとうございます、依さん」


 礼を告げると、頭を軽く下げて戻っていってしまう。顎の辺りで切り揃えられた黒髪に前髪もぱつんと揃えられたクールなひと


「先輩、ところでお昼どうしますか?」


「え、今1時か」


「近くにどこかありましたっけ」


「カフェとか?」


「そうしましょうか」


 近場のカフェで昼食を。先輩は焼きカレー、私はちょっとお洒落なクリームパスタ。無言で食べること十数分。


 流石に気まずい、けどいつも通り。


 これが水影柹藍というひとなのだ。彼女はできるのだろうか、不安になる。


「午後も少々付き合っていただいても?」


「いいけど、口にクリームついてるよ」


 そこは取ってくれるところでは? と思うもののこれが水影……(以下略)。


「ありがとうございます。先輩は事件の等何か思うことはありませんでした?」


 ズボラ探偵(もどき)の私にここまで突っ込ませるとは中々だ。


「普通に殺人だな、としか」


「私はありましたよ。そろそろ解決編です」


 その前に、と店員を呼び止めて何やら注文をかけている。


「ここのパンケーキはふわふわもっちりで絶品らしいですよ」


 瞳を輝かせる後輩に苦笑することしかできない先輩である。


「おいひい」


 にこにこ頬張ると顔の横のお団子がぴょこぴょこ揺れる。お団子といっても簡単に丸を作って毛足を残したものだから、少しの動きで揺れてしまう。


 うん、先輩が気まずい顔をしている。ここは見て見ぬふりをしていいところだ。じゃないと次から誘いにくい。


「ご馳走さまでした」


「ご馳走さま」


「お付き合いありがとうございます。さあ、殺人事件解決編です(のんびり費と蓮花の給与を稼ぐための)」


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