第2話 友人達と雪

 "探偵たるもの、常日頃より情報を疑え"。これは私に探偵もどきをやらせたままに帰ってこないとある探偵の言葉。


 有名な訳ではなくとも、一部では名を知らないもののいない天才、日伯桜ひのりさくら


 もう死んでいるのかもしれないし、人生を楽しんでいるだけかもしれない。


 時折、そんなふうに彼女を思い出しては出会った時の台詞が頭に響く。


「天知雪、ね。空に知られぬ雪、というのは桜を言った言葉なんだよ。私は日伯桜。運命みたいじゃない?ねぇ、私の所においでよ」


 きっと、退屈はさせないから、と。ナンパ染みた誘い文句。それでも相手を乗らせる何かを持った人。


 ぼーっと、テレビを眺めていたら蓮花に声を掛けられた。


「雪さま、そろそろ飲み会の時間です」


「んー、今行くー」


 電車で1駅2駅のところに雪行きつけの居酒屋がある。そこへ着いた瞬間、潰された蛙のような声が出た。


「そんな声を出すなんて酷いよ、雪」


 金髪に染まったボブの髪。明るすぎる笑顔。雪と秭藍が長年頭を悩ませた張本人。屋鳥霖おくうりんの登場である。


「先輩、ご無沙汰しております……」


「奥の席に友達2人、揃ってるよ。3股か~?」


「違います。というか、3人目は何方で?」


「もちろん、秭藍だよ」


 盛大なため息を1つして、席に座る。


夕灯ゆうと垂璃しずり、お待たせ」


「久しぶり」


 陽キャ感が垂れ流されている男、墨染夕灯すみぞめゆうと。高校時代からの友人で、天然パーマに猫目が特徴的。


 私よりもJKライフを送っていた。


「別に平気ー」


 少し間延びした口調に、整ったお洒落な顔立ち。天然な彼は夜羽田垂璃やはたしずり


 イケメンな、こちらもまた高校からの友人だ。


「遅れしまってすみません」


「袖露ももっと適当でいいのに」


「夕灯、昔からだから気にしないであげるところだよ」


「ごめん」


 こんな感じだが実は情報通だ。確か報道関連に勤めているとか。昔から友達が多かったのでなんとなく納得。


「それにしても、久々に見るとイケメンって凄ーい」


「それな」


 即座に同意する夕灯とは対照的に蓮花はぎりぎりと歯噛みしている。


「雪さまの方が綺麗なのに……。夜羽田垂璃、許せない……」


 蓮花は守銭奴なだけで、雪を大切にしていることには変わりない。同じ歳なのに敬語を使うのは私が先にせんせいに師事していたからだ。


 まぁ、この話は一旦置いておいて追々させて頂く。


「蓮花……(引き)」


「雪さま!?」


 私に引かれたことで多少なりともショックを受けているようだ。夕灯が爆笑している。



 ━━━━なんやかんや飲んだり食ったり数時間が経過した。


「雪、流石にもう止めときなよ」


「やだぁ」


 制止も聞かずに更に飲もうとする。顔も赤らんで呂律も回っていない。


 ちらり、と垂璃の方を見ると変人を見るように雪を見た後、じぃっと夕灯を見つめてくる。


「蓮花、これどうする?」


「家まで送るしかありませんでしょう。面倒ですけれど」


「わかった」


 仕方がないので肩を貸し、タクシーまで運ぶ。途中、まだ飲むとか言っていた。タクシーに乗ると。


「夕灯、ごめんねぇ。いつもありがとぉ」


「大丈夫」


 ちなみに財布は蓮花が勝手に漁った。


「おやすみ」


「おやすみー」


 別れた後は事務所の上の階まで上る。


「蓮花もありがとぉ」


「大丈夫ですよ。きちんとお風呂に入って寝て下さいね」


「わかった」


 軽くシャワーを浴びて、髪を乾かす。ぱたんとベッドに倒れ込み、眠った。


 寝覚め、朝食を食べて事務所に入る。すると、垂璃の幻覚が見えた。ぽやー、と見つめていると話しかけてくる。


「おはよ。昨日イヤーカフ落としてたよ」


「あぁ、ありがと……」


 手に触れることができる、ということは幻覚ではないのだろうか。


「雪さま!?」


 蓮花が走ってきた。私の格好を見て青ざめている。タンクトップにパジャマパンツをいつも通りに履いているだけなのに。


「何?」


「服、ずり落ちてるよ」


 垂璃が教えてくれる。大したことでもなかろうに、きちんと戻しておく。


「そういえば、お姉さんは元気にしてる?」


 私も良くしてもらっていた、2つ上の垂璃姉。丁度、秭藍や霖と同じ歳。


「ん、元気ー」


「届けに来てくれてありがとね」


 ぱたん、と閉まるドアを見送る。


 私の周囲の人たちは、素敵な人たちが多い。私はズボラで適当な人間だけれど、そこには恵まれたと思っている。


 昔は私だってもう少しマシな人間だった……はず。今度、秭藍先輩や夕灯たちに確認してもいいかもしれない。



 ただひとつ、思うのは。


 私がもっと良い人間であれば。あの人の隣に有ることができた、それだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る