今日も何処かで、探偵もどきは死に損なう
彗霞
天知雪の事件記
プロローグ
第1話 柹藍と雪
探偵事務所。そのソファに寝そべる女性。ドアを開けて入ってきた男━━━━
「雪、事務所で寝たら駄目だよ」
それを聞いて女━━━━
「先輩、言い方優しいですねぇ」
体勢を全く変えずにふふ、と笑い続けている。
困ったらしく眉尻を下げてしばらくその姿を眺めていた柹藍は手を伸ばして雪の腕をぽんぽんと2回ほど叩いた。
「すみません」
すっ、と座り直して頭を下げた。何故事務所で寝ようとするような彼女が柹藍に従うのかというと。
中学時代、彼女が所属していた部活で秭藍が部長をしていたためである。
「梓藍さん、ありがとうございます」
背後に控えていた三つ編みの女性━━━━
「大丈夫だよ」
その返答に雪がばつの悪そうな顔をしていると蓮花が備え付けの簡易台所から顔を出す。
「雪さま、梓藍さん、紅茶と
「先輩が決めて下さい」
にこにこと微笑む彼女は美人だ。髪もてきとうに結われ、化粧ひとつしていなくてもそう思わされる。
「じゃあ茉莉花茶で」
「珍しいですね、先輩がそちらを選ぶのは」
「別に嫌いな訳じゃないよ。わざわざってほどでもなかっただけで」
適当に結んだ髪を弄んでいると蓮花に諌められた。
「柹藍さんが来るのだとしてももう少し格好、整えませんと」
美人とはいえ、ろくに梳かされていない長髪と薄手のパジャマパンツにソフトクルーネック。
一応ここは事務所である。
雪は髪をほどいて梳かすと自分の頭上でお団子を結う。
「ちゃんとしないと駄目だよ」
「先輩、優しい」
最後に零れ髪をピンで止めて完成させる。膝に乗せていたスマホがバイブレーションしたので画面をつけて。
彼女は呻いた。しばらく呻いて、再度ソファに寝そべる。
「どうしたんですか?」
「迷子の猫を探してくれってさ。あぁ、働きたくなぁい……」
ころん、転がると雪を映した瞳と視線がかち合う。梓藍の、困ったときに何も言わずに見つめてくるところは少し狡いと思う雪である。
「私が見ておきます。その代わり……」
「わかってる、給料は上げとくよ」
蓮花は満足そうに頷いて、先程頼んだお茶を持ってきてくれた。ガラスカップに注いで、台所まで向かう。
「昔、クラシックショコラを喜んで貰えたのを思い出しまして。また作ってしまいました」
持ってきた、綺麗にふっくらと焼かれたケーキには粉砂糖が振られている。
「ありがとう」
2人でのんびりとお茶をしていると、蓮花が支度を終えたらしくぺこりと一礼した。
「行って参ります」
「行ってらっしゃい。依頼は転送しておくよ」
ひらひらと手を振っていると秭藍が口を開いた。
「まさか、出会って12年後に雪とこんなに会うようになるとは思わなかった」
「でも、ずっとLIN○してましたでしょう? 高校でも仲良くさせて頂きましたし」
「そのせいで霖には相当……」
「言われましたね」
あの
「彼奴のこと困ったみたいに言ってるけど、川に落ちてる雪のせいで濡れたりしてるし」
「今までも、これからも川だけは止められません。あと、お酒も」
川に飛び込んだときの生と死の狭間を揺蕩うような感覚は失えないし、失いたくない。
「山とかは本当に流れが急で危ないからやめて」
「でしたら、夏は代わりにプールでも行きましょうか。でも探偵と夏の組み合わせは死体と決まっていますね。どうしましょう」
嫌な予感に限って当たる。世の中そういうものだ。
「まぁ、別にいいけど……」
ずっと秭藍を困らせている雪としては詫びの1つでも、と思ったのだが案外乗り気でないらしい。
「先輩、なんだかすみません」
「なら川に飛び込むのはやめようね」
「今度ご飯奢りますね」
「そういうことじゃない」
昔から尊敬し、慕ってきた梓藍と一緒に過ごす時間があるのは雪にとって嬉しいものだ。
「今度はきちんと支度しますので、一緒に出掛けませんか?」
嫌な予感でもしたのか、ちょっと引き気味に聞かれる。
「どこに」
「事件現場?」
当然のように返せば、今度こそため息をつかれた。
「やっぱり駄目ですか?」
「別にいいけど、仕事がない日ならね」
「ありがとうございます。では感謝を込めましてこちらをどうぞ」
焼菓子を差し出す。
「ありがとう」
「この間少し出掛けたので」
少しだけ、過去を懐かしむ。梓藍と交わしたやり取りも。
そこでふと気付いた。
「……先輩としたLI○Eって結構な割合がゲームのライフとかなのでは?」
「確かに」
確かに、ではありませんのに。その一言は柹藍に伝えられることはなかった。
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