107.クエストクリアへ
支部長を凍らせてからというもの、完全にパターンに入ったようで、私達はそれまでの大苦戦が嘘のように善戦することができた。
たまに取り巻き達が発生することもあったものの、そいつらもボスのデバフを解除する手段を持たない連中ばかり。
肝心のボスも、先月行われた公式イベントのボスの様に凍結状態を早期解除するような特性もないので、重ね掛けすることで擬似的だが永続的に氷漬けにしてしまったような感じだ。
こうなると終わり方もあれだけの死闘の顛末が異様にあっけないものになってしまって、気持的には不完全燃焼気味になってしまった。
まぁ、万が一負けていればそれはそれで、きっとこの後のクラスシナリオが非常によろしくない展開に一直線となっていただろうから、それを安全に防ぐことができた、という意味ではむしろホッとすべきなんだろうけど。
視線の先では、もうVTゲージが1割未満どころか残り数ミリになったボスが、未だに全身氷漬けになった状態でそこに鎮座していた。
周囲の地形も、もともとはそれなりに手入れされていて、しっかり手入れし直せば綺麗な庭園になっていただろうその庭先が、今や目も当てられないほど荒れ果てた土地に成り代わっていた。
これはそれほどの死闘があったからというのではなく、相手が行動不能なのをいいことに各人が大技や上級魔法をここぞとばかりに練習台替わりにボスに向けて発動。その余波や、ミスって逸れたアビリティによって引き起こされたものである。
「……なんというか、ここまでくると敵ながら哀れとしか言いようがありませんね」
「負ければリリアーナ王女の命が危ないまま。それを考えれば、目をつぶっていてもいいのではないでしょうか」
「そう考えるべきでしょうね。…………お嬢様、おそらくですがもうあの者は再起不能でしょう――いえ。たった今、再起不能となりましたね。構えを解かれてはいかがでしょうか」
最後に一発、あてなさんに唆されて自身が習得している中で最も威力が高い火属性魔法を放った鈴により、とうとうクエストボス――ヘルズグロリア・ヴェグガナーク支部長はVTを全損させ、討伐成功となった。
「……ふぅ。最初はどうなることかと思ったけれど、うまく凍結デバフが入ってよかった……」
「運に救われた、とも言えます。ハンナ様が日ごろから身に着けているグローブがなければ、そもそも今こうして立っていられたかどうかすらもわかりません」
「ですねぇ……」
というか、絶対に負けていたと思う。
それに、タンクのみんなが頑張って(物理的に)おさえていたから魔法を放てる余裕が生まれていたものの、今回の敵は特殊なヘイト値変動のおかげでどれだけ周りの人がヘイトを稼いでも常に私を狙うように動いていたし。
なんにせよ、二割という確率も回数を重ねれば単位時間当たりの期待値が跳ね上がるということを、今回改めて思い知らされた感じだ。
今、アスミさんに新しい防具を仕立ててもらっている最中なんだけど、このグローブを過去のものにするのは少し勿体ない気もしてきた。
まぁ、社交バトルとか、そういった社交界絡みのイベントの時に出番があるかもしれないし、まだ完全にお蔵入り、というわけではないかもしれないけど。
「…………ふぅ。さて、さっきの奴を倒したことで、もうこの辺りでやるべきことはすべて片付いたみたいだな」
「だね。……とはいえ、当然ながら屋敷に向かった連中はまだ到着しちゃいないからな。ファストトラベルが禁止されている以上、歩いてゆったりと屋敷に戻るしかないけどね」
「そういやそうだったな……ついうっかりやっちまうとこだったぜ……」
危ないところで思いとどまってくれたようでなによりだよ。
ここでファストトラベルなんかしたら、クエストボスを苦労して倒した成果が全部なくなっちゃうところだったし。
他のみんなも、ハッとしたような顔になった後、気まずそうにメニューを閉じて、このさびれた洋館の敷地の出口へと向かって歩き始めた。
洋館の敷地の外へ出ると、そこでは敷地の外で私達の背後を守ってくれていたメンバーたちが待機していて、私達を労うように出迎えてくれた。
「クラマス、それにハンナさん。クエストボスは?」
「バッチリ倒したよ」
「ヘイトがちょっとばかり特殊で、なかなか苦戦したけどな。ハンナが動きを止めてくれたおかげで、後半はただ馬鹿高いだけのVTを減らしていくだけの単調な作業になったぜ」
「おぉ……ハンナさん、Rクエストのボスにまで行動不能デバフを掛けられるなんてすごいな」
「あはは……まぁ、運に助けられた部分も大きかったけどね」
「それでもすごいですよ。普通、この手のクエストのボスって、大半は行動不能系のデバフに耐性を持っていることが多いんですから」
まぁねぇ。
実際問題、持ってはいたんだろうね。
同じ行動不能系デバフでも、『バーニングウェイブ』の拘束効果じゃ動き止められなかったし、武器についてる【しびれる合気】の麻痺付与も発生しなかったし。
凍結だけ穴が開いてたということもないだろうし、本当にこの前のイベントでアスミさんにグローブを強化してもらってなかったら、今回のボスでは完全に手詰まりになっていたはずだ。
アスミさんには感謝しきれないよ。
「さてと……クエストボスに足止めされていたおかげで俺達はかなりのタイムロスを食らってしまったわけだけど……一応、俺達も屋敷に向かって走ってくか」
「う~ん……まぁ、今から走っていっても間に合うかどうか疑問なところだし、ファストトラベルの制限が解除されるまではゆっくり歩いて帰った方が私としてはいいかな」
「ま、あいつらも結構レベルは上げてたみたいだし、よほどの奴が出てこない限り不覚をとることはないだろ」
「そうだといいし、そう思いたいところだけどね。それじゃ、屋敷に戻りましょうか」
かくして、先鋒として屋敷に送った人達の後を追うようにして、私達も屋敷へと引き返して歩いていくのであった。
それから先は、本当に消化試合のような内容しか残っていなかった。
これがクエストボスに敗北するなり、時間制限に間に合わなかったりするなりしてバッドエンドを迎えてしまったなら、まだまだやることは多かったんだろうけど、クエストボスを倒したことでクエスト最大の山場は越え、さらに先発部隊も無事に屋敷に到着したことでクエストのシナリオは完全にAルート――すなわち、王女生存のTRUEルートエンドで確定したのだろう。
その後は制限下にあったファストトラベルも無事に解禁され、屋敷までのんびりと歩いていた私達もこれ幸いと言わんばかりにファストトラベルで先発部隊に合流。
消化試合にも等しいフェーズ5Aの、『屋敷の前でヘルズグロリア精鋭部隊を倒す』を数の暴力であっけなく片付けたてしまい、残るはいよいよフェーズ6A――リリアーナ王女への達成報告を行うだけとなった。
リリアーナ王女への報告は、サイファさんにアドバイスを受けて私と鈴、樹枝六花リーダーのマナさんにゴリアテ傭兵団クランマスターのゴリさん。この四人で行うことになった。
「王国が誇る麗しき花にご挨拶申し上げます。この度は夜分遅くの面会に応じてくださり、ありがとうございます」
「構いませんわ。面を上げなさい。……夜分遅くまでご苦労様ですわ、ハンナさん。本日は、どのようなご用件で来たのですか?」
私の部屋にあるのよりもさらに豪華にしたような、それこそ王族向けのような飾り付きの椅子に座り込み、リリアーナ王女は私達に用件を聞いてくる。
とはいえ、この場においては私がもっとも王女に近い地位にあるため、自然と話をするのも私が中心ということになる。
「はい。リリアーナ王女殿下にご依頼されておりました、ヴェグガナークのスラム街に潜む暗部組織の駆逐を完了いたしましたので、その報告に参りました」
「まぁ、本当ですの。つい先日頼んだばかりですのに、もう達成してしまうなんて……いくら何でも頑張り過ぎではありませんの? 準備はきちんとなさいました? 私、確かに仕事の依頼はしましたけれど、無茶をしろとは言っていませんのよ? 大丈夫でしたの?」
思いのほか心配されてしまった。
どうやら王女としてはもうちょっと準備を整えてから向かうことを想定していたようだ。
「まぁ……運に救われた部分もあったとは、思いますが……ヴェグガナーク一帯を取り仕切っていた支部長と思われる者も討伐いたしましたし、それ以外の者も相当数倒しましたから、駆逐は成功したとみてよいと判断しました」
「まっ。運に救われたなんて……まったく、やっぱり無茶したのですわね。私から頼んだことですからあまり強く言いたくはないのですけれど、もう少しご自身を大事になさってください。仮にもハンナ様は公爵令嬢なのですわよ? はぁ……まぁ、過ぎたことをとやかくいうのも仕方ありませんし、これ以上は何も言わないでおきましょう」
ほっ。
準備不足なところを突かれてあれこれ言われるかと思ったけれど、そこまではいかなかったようだ。
さすがに苦労してクエストクリアしたのに無茶をしたのでペナルティです、は心が折れる。そういうような流れになりかけたために少々ドキッとしたけれど、それがなくなったのは幸いだ。
「さて、それではあなた達の働きに対する報酬を与えねばなりませんわね。ある程度まとまったお金も調達できましたので、今回は不足なくお支払いできるかと思います。まずは、鈴さんから。鈴さんは確か、薬師でしたわよね? それにハンナさんと共同でお店も経営なされているとか」
「え? あ、はい。そうです、けど……」
「でしたら、鈴さんにはより上位の調合設備をプレゼントしましょう。あとで職人あてに書状を書きますので、受け取りに来てくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
より上位の調合設備……なんだろ。すごく気になる。というか、私も使ってみたい。
それから次にマナさん、というか樹枝六花のメンバー。それとゴリさんを除くゴリアテ傭兵団のクラメン達。
樹枝六花とゴリアテ傭兵団にはかなりの量のゲームマネーが渡されることが約束されたという。
ただ、六人だけの構成の樹枝六花と違い、ゴリアテ傭兵団はその規模が規模だ。
国王あてに密書を送るので、別途王都に取りに行ってほしい、とゴリアテ傭兵団のクラメン達に伝えるようリリアーナ王女はゴリさんにそう伝えたのであった。
そして、それが終わると今度はゴリさん自身に対する報酬となる。
ゴリアテ傭兵団のクラメン達とは別扱いになったというのは、多分だけどゴリさんがユニーククラスというのが関係しているのかも?
「ゴリムラさんには、二つの選択肢があります」
「二つ、ですか?」
「はい。もちろん、選ぶのは二つに一つです。というのも、ハンナさんの協力者として動いていただいたとはいえ、ヴェグガナークに住まう一般市民を脅かす一大暗部組織の支部を壊滅させた手柄は大きなものです。それに、聞けばあなたは指揮官の一人としても動いたそうではないですか」
「そう、ですけど……つまり、何が言いたいんです?」
「あなたの指揮官としての働きを讃え、あなたを騎士として認めるよう推薦状を出そうかと思うのですが、いかがかしら。もちろん、騎士になるのがお嫌でしたら、他の方々と同じように金銭でのお礼も考えてはいます」
考えてはいる。考えては、いる。その言い回しが妙に耳に残る感じだ。
これ、明らかにゴリさんロックオンされてる感じがする。
なんというか、面倒ごとに巻き込んでしまった感がぬぐえなくて……その、ごめんねゴリさん。あとできちんと謝らせてもらうよ。
ゴリさんは――あ~、受けるんだ、その話。
まぁ、デメリットがあるとはいえ貴族待遇がすごいのは、私がいい模範例になっているからねぇ。
興味があるなら、受けない手はないかぁ。
意外にも渦中に飛び込んでいくようなことをしたゴリさんに内心若干度肝を抜かれていると、いよいよリリアーナ王女が私へと視線を戻してきた。
私への報酬。一体、何になるんだろう。
「さて、残るはハンナさんだけですね。……先日お命を助けていただいたばかりではなく、今回もまた助けていただいてしまいましたわね。それに――これは鈴さんにも功績があるとはいえ、毒物の摂取を未然に防いでくれたという恩ありますし――あぁ、その件では鈴様には報酬の上乗せをしなければなりませんわね」
すっかり忘れていた、というような顔になってそんなことを言ってから、リリアーナ王女は悩まし気に顎に手を当てた。
いや……他の人達と一緒で、それなりの報酬で構わないんだけど……何をそんなに思い悩んでいるのさ。
「さすがに、悩みますわね。鈴さんと同じく、毒殺の防止と今回の件だけ、というのであれば鈴さんと同じ報酬でいいのでしょうが――先日ここへ向かっている際に助けていただいた時の報酬も、私としてはまだ足りないと思っているのです。その不足分も合わせてとなると……」
あぁ、そういえばあの時はありあわせのもので申し訳ない、というコメントと一緒に素材の宝石をもらったんだっけか。
ドレスの素材としてアスミさんに預けたんだけれど、王女としてはあの時の報酬はあれだけでは不足と感じていたらしい。
あ~、そっかぁ。それを考えれば私、王女の命を二度助けただけじゃなく、それに加えて今回の手柄も加算されることになるわけかぁ。
どうなるんだろうか。
「そうですわねぇ。とりあえず、ハンナさんにも、お父様あての手紙を書いて渡すとしましょう。あとはお父様からの報せをお待ちください」
「わかりました」
なんか、私も国王から報酬をもらう流れになったみたい。
なんだけど、ゴリアテ傭兵団のクラメン達とは違って、なんか王女の顔がいたずらっぽい表情になったのがすごく気にかかる。
なぁんか、ものすごぉく嫌な予感がするのは私だけだろうか。
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