106.VSヘルズグロリア・ヴェグガナーク支部長 後編


 ヘルズグロリア・ヴェグガナーク支部長、そのレベルは70。

 それならばこちらもレベル70程度あれば互角に戦えるのではないか、と思うかもしれない。

 けれど、こいつはボス敵を示すアイコンが示しているように、RPGのボスクラスモンスター(?)。

 つまり、一筋縄ではいかない可能性が高い。

 それに加えて、今の私達のレベルは最高でもゴリムラさんのレベル63と結構な差がある。

 ターゲットされたプレイヤーによっては、手も足も出せずに倒されてしまう可能性が高い。

「――この度は我々に激烈なご挨拶をいただいたようで。ヴェグガナルデ公爵令嬢がわざわざこうしてお出向きになられるとは、一体いかなるご用件なのでしょうかね……」

 見た目は紳士そのもの、受け答えも言葉の上では非常に柔和なものだった。

 七月にオリバー君絡みのクエストで戦った暗部のNPCもそうだったけど、暗部系の幹部ってみんなこんな感じで丁寧な物腰なのかな。

 まぁいい。

 今は彼の問いかけに応えないとクエストも先に進まなそうだし、まずはそれに答えていこう。

「先日、ヴェグガナルデ公爵家の屋敷内で、一つの事件が起きました。とある人物が殺されかけるという、とんでもない事件が」

「ほぅ……その人物がどのような方かは図りかねますが、ずいぶんと物騒なことが起こったのですね」

「えぇ。幸いにも、直前で気付いたため事件は未然に防がれましたが――その人物が途轍もない怒りを感じていましてね」

「――なるほど。つまり、あなた達はそれでその人物に言われるがまま、このような場所まできて、あまつさえ命知らずな真似をなさったと……。いけませんねぇ、もう少し命を大事にした方がよろしいのでは?」

 言いながら、彼はやれやれと言わんばかりに首を横に振った。

 まるで理解しかねる、といった感じだ。

「それもそうですね。ですが、私としても逆らうことが難しい方からの命令ですし――なにより、このまま手をこまねいていても、また同じようなことが起きないとも限りません。そのたびに駆り出されるのでは、私のやりたいことも満足にできなくなってしまいますからね」

「ふむ。あなたのやりたいこと、というとご自身が持つアトリエの運営ですね? それに冒険者たちと同じように街の外を走り回ってはモンスター達と戦ったりもしているようですし――随分と活発なお方のようだ。それらのことができなくなるのは、確かにあなたにとっては面白くないのでしょうね」

「その通りです」

 まぁ、王女からのクエストって言うこともあって、結局断り切れなかったというのが実情なんだけど、実際にはこれも私にとっては冒険の一環だから、少しばっかり嘘は混じっているんだけど。

「…………なるほど、大体の事情は把握できました。が、だからといってあなた達がここでしたことを、黙って許せるほど私も温厚ではないのですけれどね」

 ヘルズグロリアのヴェグガナーク支部長は、静かに、シャラン、と二本の短剣を取り出すと、腰を落としていつでも戦いに臨めるように構えてきた。

 反射的に、私達も身構えてしまう。

「それに、私達としても、その一件についてはとあるお方より賜った依頼でして。お察しの通り、毒による暗殺は失敗したようですが、だからと言って手をこまねいているわけにもいきません。――それに、お気づきではないかもしれませんが、すでに第二第三の手は打ってあるのですよ。あなた達はそれを止めに来たようですが――一歩、及ばなかったようですね」

 ヘルズグロリアの支部長がそう言うと同時に、私の視界の端っ子にタイマーが表示される。

 59分59秒から始まるそのカウントダウンは、ここから公爵家の屋敷に戻るまで、私のSPD値では心もとない制限時間だった。

 そして、厄介なことに――『ファストトラベルで失敗扱い』という旨の補足説明までウインドウでてきた。

 これは――正直まずったかな。

 王女に何も言われなかったから全員で来ちゃったけど、少しくらいは屋敷にクエスト参加者を残してきた方がよかったかもしれない。

 私はフェーズ4にある、二つ目のクリア条件――『制限時間を目安に屋敷まで戻れ』の意味をここにきてようやく正確に把握できた気がした。

 つまり、それは王女暗殺の第二の手が王女に及ばないように対処するための制限時間だったのだ。

 フェーズ4の結果次第でフェーズ5が二通りに変化するというのは、まさに王女に第二の手が及んでしまったか、防げたか。そのどちらかを示しているのだろう。

「おっと、行かせませんよ」

「――っ!」

 鈴やマナさん、ゴリさんに合図を送って、今すぐにでも屋敷に、と思った瞬間に、ヘルズグロリアの支部長は一瞬で私の元まで来て、両手の短剣で私に攻撃を放ってきた。

 当然ながら私はこれに応戦せざるを得ない。

 レベル70という驚異的なレベル。その攻撃をまともに受けて、果たして無事でいられるかどうか。

 はっきり否である。

 扇子のパリィボーナスのおかげで、一撃目はギリギリ弾くことができたけれど――続くもう片方の短剣の攻撃には対応しきれず、後ろに下がって躱そうとしたものの、躱しきれずに腕に攻撃を受けてしまった。

「…………っ、毒……!?」

 さすがは暗部系のNPCだ。

 通常攻撃にもかかわらず、デバフを普通に載せてくる。

「すでに我々の精鋭部隊があなたの――ヴェグガナルデ公爵家邸に向かっています。もう暗殺対象が我々の手に堕ちるのは時間の問題でしょう。ですが、あなた達を行かせてはすべてが水の泡になってしまいかねませんからね。私が手ずから阻止して見せますよ」

「させると思う? ゴリさん、足が速い人を中心に屋敷に全速力で戻って!」

「おうよ! 〈激励〉! 行くぜお前ら。気張って走りやがれよ!」

 ゴリさんは即座に頷くと、事前に打ち合わせていたメンバーを連れてここの敷地から去っていった。樹枝六花も屋敷に戻る方のメンバーだ。

 さすがは戦闘職、やっぱり『走る』系のスキルを取ってるんだろうね。あっという間に見えなくなっちゃった。

 私は『走る』系のスキルはクラス制限のおかげで取れないし、そもそも端からSPD値はほとんど捨てているのであまりポイントを割り振っていない。

 一時間で屋敷に戻るなんて、できるはずがなかったから、居残ってボス戦確定である。

 まぁ、真っ先にヘイト向けられたっていうのもあるんだけど。

「あとはこいつと戦う人と……」

「取り巻きも出てきてるね! 私達に任せて!」

 ボスバトルの開始に伴って再出現した暗部系NPCの雑魚たちは、あてなさん達が受けてくれることになった。

 ありがたい話だ。

 正直、こいつの速さはこれまでの敵の比ではなくて、私は攻撃を捌くのだけで精一杯。

 他の敵に意識を向ける暇がなかった。

 それだけじゃなくて、こいつの厄介な点はもう一つあった。それはこいつのヘイト値の変動ルール。

 どうやらこの支部長、少々特殊なヘイト値の変動の仕方をするらしく、普通にタンクが挑発行動をとってもヘイト値はほとんど変動しないらしい。

 どころか、より一層私に苛烈な攻撃を加えるようになってくるから、逆効果になっていた。

「なんだこいつ、ヘイトコントロールが一切聞かねぇぞ」

「これじゃタンクとして何の役にも立てないな」

 タンクたちも、一旦ヘイトコントロールはやめにして、私が後退して敵の攻撃をかわした際に割り込むなど、私のサポートに徹するようになる。

 一度盾タンクが割り込みに成功すれば、シールドバッシュなどで相手に硬直時間が生まれるため、それで回復するための時間をもらえるのが今のところ唯一の救いだ。

「さっきから私ばっかり狙ってきて……こいつ何なの?」

「普通のヘイト値のルールじゃないのは確かだけど……」

 タンクたちに一旦場を任せて、私はミリスさんからポーションを受け取って回復に徹する。

 タンク役も、今回は盾タンクはほとんどその役割を果たせず、回避盾のみが何とか、といった感じだ。

「これほどまでに早いと、矢を当てることはかないませんね。私は守りに徹させていただきます」

「そうしてください。……何か打開策はありませんかね」

 攻撃をかわす合間に、どうにかしてこまごまとしたダメージを与えてはいるものの、いかんせん相手の回避率やパリィ率が高くて思うようにダメージを与えられていない。

 まだ1割も与えられていない状態だ。このままでは、ジリ貧負けは確定だろう。

「これほどの強敵ですし、私やハンナ様にとっては天敵そのもの。打てる手は限られていますが――とりあえず、できることはやっておくべきですね。〈鼓舞激励〉リジェネレイトスコール!」

 サイファさんが、初めて見る弓矢のアビリティを放つ。

 語感からして多分、VT継続回復系のバフを付与するものだろう。

 【鼓舞激励】スキルの効果で、いつの間にか切れてしまっていた声援系最上位バフも乗っかったので一石二鳥である。

 バフとしての鼓舞激励が乗っかったことで、どうやら少しずつ旗色がよくなってきた。

 私にできることは――なにか、ないかな。

 手に持っているものを確認してみる。扇子は完全に近距離戦の武器だし、相手はデバフ系に完全な耐性を持っているせいかパリィで弾いても【しびれる合気】による武器ドロップ効果は発動しなかったし、麻痺効果も発生しなかった。

 となると、やはり先月のイベントの時と同じように魔法を多段ヒットさせることで手数を稼ぐことくらいしか私にはできることがなかった。

 単発では20%の凍結付与も、連続でヒットさせれば3倍にも4倍にもなるし。

「〈エコーフィールド〉〈デュアルスペル〉〈コンセントレート〉〈トリプル・フリーズショット〉!」

 【空間干渉】スキルの成長により習得した新アビリティ、〈エコーフィールド〉。これまでの【空間干渉】のアビリティには【魔法干渉】スキルの後継スキル的なものしかなかったのに対し、今回新しく習得したこの〈エコーフィールド〉は、まさしく空間そのものに干渉するような効果を持つアビリティだ。

 単体でも効果を発揮し、その効果はこの魔法を使用した地点を中心とした半径XXメートル以内の領域において、しばらくの間『魔導反響領域』の空間効果を発生させるというもの。

 『魔導音響』は名前の通り『魔力』を『導く』音を『反響』させる効果、つまり某国民的RPG作品で言うところの山彦的な効果だ。

 敵味方に効果があるため、場合によってはこちらが不利になってしまうこともあるものの、物理攻撃主体の敵が相手の場合には途轍もないアドバンテージを得ることができる魔法だろう。

 また、〈コンセントレート〉はこれまで使う機会にあまり恵まれなかったが、次に使う魔法に必中効果を追加する魔法干渉アビリティだ。

 〈エコーフィールド〉に〈デュアルスペル〉、そして〈トリプル〉。この三つの魔法干渉アビリティにより、〈フリーズショット〉は一度に12発もの魔法が放たれることになる。しかも〈エコーフィールド〉は、魔法の消費MPはそのままなので、消費するのは〈フリーズショット〉6発分で済む。

 まさに省エネといった感じだ。

「くっ、ぬぬぬ…………」

 支部長は、魔法を避けようと横に跳んだものの、〈コンセントレート〉により必中効果も付与された魔法はその敵の軌道を精密に辿り追いすがる。

 24発もの〈フリーズショット〉はそのまま支部長に全弾命中し、そのうちのどれが当たりを引いたかはわからないが、『全身凍結』が見事に発生。

 支部長は、白い氷の彫像となってその場に立ちすくむことになった。

「…………はぁ。やれやれだな。これでようやっと、風向きがこちら側に変わった感じだな」

「そうだね。でも、油断はしないで」

 一応、凍結が解除されるまでは敵の行動も一切がキャンセルされることになる。

 支部長という敵性NPCがどうあがこうとも、凍結というデバフの前には無意味と化すので、ある意味では嵌めパターンに入ったといっても過言ではない。

 けれど、VTを減らして凍結状態をなかったことにできるような特殊技が来ないとも限らないので、私はいつでも再度先ほどの12連〈フリーズショット〉を放てるように準備を整えておくことにした。

 

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